数学的帰納法が論理学的には帰納法ではない理由とは?見かけ上は帰納法に似ているが演繹法に分類される推論
前回、自然数の和の公式の証明を例に挙げる形で示したように、数学的帰納法における推論の進め方においては、一般的に、
ある命題がn=1からn=k+1までの個々の自然数において成り立つことを順次証明していくという連鎖的な証明作業の集積に基づいて、その命題がすべての自然数について同等に成立するという普遍的な結論が導き出されていると考えられることことになります。
そして、こうした数学的帰納法と呼ばれる数学における推論のあり方は、論理学上の推論の分類においては、帰納法ではなく演繹法に該当する推論へと分類されることになるのですが、
今回は、こうした数学的帰納法と呼ばれる推論のあり方が、なぜ論理学上の分類においては演繹法に分類されていて、それにもかかわらずなぜ「帰納法」という名称で呼ばれているのか?ということについて詳しく考えてみたいと思います。
数学的帰納法が「帰納法」と呼ばれる理由とは?
まず、「演繹法と帰納法の具体的な違い」の記事で書いたように、
学問における論理的推論のあり方は、大きく分けて帰納法と演繹法と呼ばれる二通りの推論の方法へと分類することができると考えられ、一言でいうと、
演繹法とは、一般的な理論や普遍的な概念の定義からの必然的な論理展開によって結論を導き出す推論方法であるのに対して、
帰納法とは、経験的事実や実証的事実として示された個別的な事例や具体的な事実の集積から直接的に一般的な理論や普遍的な法則を見つけ出そうとする推論方法であると定義されることになります。
そして、
数学的帰納法と呼ばれる推論においては、冒頭で述べたように、
まずは、自然数nに関するある命題がn=1で成り立つことを示したうえで、それがn=2でも、n=3でも、n=4でも、さらにずーっと進んだ任意の自然数kにおいても、その次の自然数k+1においても同様に成り立つというように、
一つ一つの自然数についての個別的な証明作業の積み重ねによって、自然数の和の公式といった普遍的な法則や規則が導き出されることになるので、
こうした一つ一つの自然数についての個別的な証明作業という個別の事例の集積から普遍的な結論を導き出すという推論の進め方が、
まさに、上述した論理学の帰納法における推論の進め方のイメージに非常によく似ていると考えられることになります。
つまり、
数学的帰納法が「帰納法」という名で呼ばれている理由としては、
こうした一つ一つの自然数についての個別的な証明作業の集積によって、普遍的な法則や規則を導き出すという推論の進め方から、上記のような論理学の帰納法における推論の進め方のイメージが連想されることから、
「数学における帰納法的な推論」という意味で、こうした数学における推論のあり方が、数学的帰納法という名で呼ばれていると考えられることになるのです。
数学的帰納法が論理学において帰納法ではなく演繹法に分類される理由
それでは、このように数学的帰納法における推論の進め方のイメージが、論理学の帰納法における推論の進め方と非常に似通っているにもかかわらず、
それがなぜ、論理学において正確には演繹法に分類される推論として捉えられることになるのか?ということについてですが、
その理由は、一言でいうと、
数学的帰納法においては、実験や観察に基づく経験的事実や実証的事実を必要とせずに、自然数の定義と、四則演算などの算術の規則のみに基づく必然的な論理展開によって結論が導き出されているということにあると考えられることになります。
上述したように、
確かに、論理学の帰納法においても数学的帰納法においても同様に、両者の推論の進め方においては、個別的な事例の集積によって普遍的な結論が導き出されることになるのですが、
論理学の帰納法において推論の根拠となる個別的な事例とされているのは、あくまで、実験や観察などによって得られた経験的事実としての個別的な事例であるのに対して、
数学的帰納法においては、一つ一つの自然数についての個別的な証明作業は、実験や観察といったいかなる経験的事実も必要とせずに、自然数の定義からの純粋な論理展開のみによって進められていくとという点に、
両者の推論のあり方の根本的な違いがあると考えられることになります。
そして、
自然数の定義といった普遍的な概念の定義からの必然的な論理展開によって結論を導き出す推論のあり方は、論理学においては演繹法として捉えられることになるので、
自然数の定義からの純粋な論理展開によって証明作業が進められていく数学的帰納法における推論のあり方は、論理学においては帰納法ではなく演繹法に分類されることになると考えられることになるのです。
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以上のように、
数学的帰納法は、一つ一つの自然数についての個別的な証明作業の集積から、普遍的な法則や規則を導き出す推論であるという点において、
見かけ上は、論理学の帰納法における推論に非常によく似ていると考えられることになります。
しかし、
その推論の根拠となる一つ一つの自然数についての個別的な証明作業が、論理学の帰納法におけるような経験的事実や実証的事実によってではなく、演繹法におけるような普遍的な概念の定義からの必然的な論理展開によってもたらされるという点において、
数学的帰納法は、論理学上の推論の分類においては、正確には、帰納法ではなく演繹法に分類されるべき推論のあり方をしていると考えられることになるのです。
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次回記事:三段論法(シロギズム)の語源とは?アリストテレスにおける演繹的推論としてのシュロギスモスの定義
前回記事:数学的帰納法における具体的な推論の進め方のイメージとは?自然数の和の公式の証明における数学的帰納法の推論の進め方
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