形而上学とは何か?①『易経』「繋辞上伝」における形而上と形而下の定義とその具体的な意味の解釈
「自然学の後に位置づけられる学問」あるいは「自然を超越する対象を探求する学問」といった意味を表す概念として捉えられる英語のメタフィジックス(metaphysics)やラテン語のメタフィシカ(metaphysica)という単語は、
通常、日本語では、「形而上学」(けいじじょうがく)と訳されることになります。
そして、こうした訳語としての「形而上学」における「形而上」という言葉の由来については、
古代中国の書物である『易経』の中の「繋辞上伝」と呼ばれる章にでてくる「形而上者謂之道、形而下者謂之器」という記述の内にその直接の由来があると考えられることなります。
それでは、こうした『易経』と呼ばれる書物とは、古代中国の思想の内においてどのような位置づけがなされている書物であり、
『易経』の「繋辞上伝」においては、具体的にどのような形で「形而上」と「形而下」というそれぞれの概念についての定義がなされていると考えられることになるのでしょうか?
四書五経における『易経』の位置づけと「繋辞上伝」の内容とは?
『易経』(えききょう)とは、古代中国の思想家である孔子を始祖とする思想体系である儒教の基本書にあたる四書五経(ししょごきょう)の九つの経典のうちの一つに数え上げられる書物であり、
四書五経には、『大学』『中庸』『論語』『孟子』の四書と、『易経』『詩経』『書経』『礼記』『春秋』の五書が挙げられることになりますが、
『易経』は、このうちの五書の筆頭に挙げられる書物ということになります。
『易経』の「易」(えき)という言葉が、もともとは古代中国においてい行われた筮竹(ぜいちく)と呼ばれる50本の細い竹の棒と算木(さんぎ)と呼ばれる四角い棒を用いることによって得られた種々の象(かたち)である卦(け)によって人生や物事の吉凶を読み解く占いのことを意味する言葉であったように、
『易経』においては、天体の位置と運動、地上の世界における自然の変化のあり方、そして、人間の世界における様々な出来事といったすべての物事が卦(け)を用いた占いによって読み解かれていくとともに、
思想面においては、そうした森羅万象の変化のあり方が、陰と陽という二つの原理から説明されていくことになります。
そして、
こうした『易経』の中でも、冒頭で示した「形而上」という言葉の直接の由来となる記述が出てくる「繋辞上伝」(けいじじょうでん)と呼ばれる章は、
易の成り立ちやその思想についての理論的な解釈が述べられている章であり、
それは言わば、『易経』の解説書のような役割を担う思想内容が記されている部分ということになるのです。
『易経』の「繋辞上伝」における形而上と形而下の具体的な定義
冒頭でも述べたように、『易経』の「繋辞上伝」においては、
「形而上者謂之道、形而下者謂之器」という記述がでてくることになりますが、
この漢文を書き下し文の形にして表すと以下のようになると考えられることなります。
「形よりして上なる者(もの)、之(これ)を道と謂(い)い、形よりして下なる者(もの)、之(これ)を器と謂(い)う」
上記の漢文中の「形而上」と「形而下」という言葉の内に含まれている「而」(じ)という字は、漢文において書いてはあるが通常は直接的には読まれない文字である置き字として用いられることもある漢字であり、
「而」という字は、順接または逆接の意味を表す接続詞または置き字として「しかして」「そして」、あるいは、「しかれども」「それでも」といった意味を表すことになります。
また、この字は、「而今而後」(じこんじご)といった形で書かれると「今よりして後」などと書き下され、「今から後」「これより先」といった意味を表すこともあるように、
それは、時間的な起点や空間的な起点を表す字としても用いられることになります。
したがって、「而」という漢字がもっているこうした意味と用法に基づくと、
「形而上」という漢文は、「形よりして上」と書き下され、「形よりも上なるもの」を意味することになり、
それは、形のあるなしを基準としてそれよりも上の次元に位置する存在、すなわち、形をもたない万物の原理や根拠のようなものを意味する概念として捉えられると考えられることになり、
それに対して、
「形而下」という言葉は、「形よりして下」、すなわち、「形よりも下なるもの」を意味することになり、
それは、形のあるなしを基準としてより下に位置づけられる存在、すなわち、万物の原理である道に従って形成されていく、自然の内に存在する形をもった具体的な事物のことを意味する概念として捉えられると考えられることになるのです。
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以上のように、
日本語における「形而上学」という言葉の直接的な由来は、
儒教の基本書である四書五経の内の一つにあたる『易経』のなかの理論的な解釈が記されている部分にあたる「繋辞上伝」における「形而上者謂之道、形而下者謂之器」という記述の内に求められることになります。
そして、こうした『易経』にでてくる記述において、
「形而下」と呼ばれる言葉が、現実の世界に内にある形を備えた物質的存在としての自然やその内にある具体的な事物のことを意味しているのに対して、
「形而上」という言葉は、そうした具体的な事物を形成する原理や根拠として働いている自然の内に存在する物質的な事物を超越した次元にある存在のことを意味する概念であり、
それは、儒教や道教などの東洋哲学においては、「道」という言葉としても捉えることができる概念であると考えられることになるのです。
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