プラトンの中期対話篇『パイドン』における想起(アナムネーシス)の概念の定義 、プラトンの想起説③

前回書いたように、プラトンの初期対話篇である『メノン』においては、あらゆる学習と知の探究の根底には、自発的な学習の過程としての知の働きが存在しているということが示されたうえで、

そうした人間の魂における自発的な知の働きが想起と呼ばれる知のあり方と結びつけられていく形で想起説についての議論が展開されていくことになります。

それに対して、プラトンの中期対話篇である『パイドン』においては、魂の不滅性の論証や、現実の世界の背後にある真なる実在としてのイデアの世界の実在性に結びつけられていくという新たな形で想起説についての議論が展開されていくことになるのですが、

こうした『パイドン』における想起説の議論では、まずはじめに、そもそも想起とはどのような知のあり方であるのか?という想起という言葉についての厳密な定義が示されていくことになります。

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パイドン』における想起(アナムネーシス)という概念の定義

プラトンの中期対話篇であるパイドンにおける想起説の議論では、

初期対話篇である『メノン』の中ですでに語られていた「学習とは想起である」という命題が改めて提示されたうえで、

それでは、そもそも想起anamnesisアナムネーシス)と呼ばれる知の働きとは具体的にどのようなものなのか?という想起という概念についての定義が以下のような形で示されていくことになります。

想起するためには、すでに知っていなけらればならない

『パイドン』の中の登場人物としてのソクラテスは、想起という知の働きが成立するための前提として、まず以下のようなことが必要となると語りはじめます。

「もし誰かが何かを想起するとするならば、彼は想起されたものをそれ以前にすでに知っていたのでなければならない」(プラトン『パイドン』73C)

人が何かを思い出したというとき、それは当然、一度忘れてしまっていたことを、今改めて思い出したということを意味することになるので、何かを思い出すためには、それに先んじてそのことを一度忘れていなければならないと考えられることになります。

そして、

何かを忘れるためには、そのことを以前に知っていたのでなければ、そのことを忘れることはできないので、

つまり、

何かを思い出すためには、その前提としてそのことを一度忘れることが必要であり、さらに何かを忘れるためにはそのことを以前に知っていたのでなければならないという意味において、

何かを想起するためには、その前提として想起されたものを以前にすでに知っていたのでなければならないと考えられることになるのです。

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新たな経験からの連想によって生じる想起という知のあり方

そして、こうした議論を踏まえたうえで、

次に、ソクラテスは、想起という知のあり方は以下のような形で成立していると語り出すことになります。

「もし誰かが何かを見たり、聞いたり、他の感覚でとらえたりした場合、その感覚によって認識したもの以外の別の何かを思い浮かべるとすれば、…この思い浮かべたものを彼は想起したのだと言えるのではないか。」(プラトン『パイドン』73C~D)

例えば、

ある人が、ふと以前に故郷の家の庭先に植えてあった美しい桃の木のことを思い出したというとき、こうした故郷の美しい桃の木の姿が想起されたきっかけとして、

近所のスーパーに買い物に出かけた時にたまたま陳列棚に並んでいる桃を目にしたとか、美術館へと足を運んだときに桃が描かれた静物画を観賞したとか、

とにかくそこから故郷の桃の木が連想されるような何らかの新しい認識経験があったと考えられることになります。

つまり、

人が何かを想起するというとき、通常の場合には、そうした想起が生じるためのきっかけとなるような何かの新しい認識や経験が存在し、そうした様々な経験からの連想が生じることによって想起と呼ばれる知の働き成立していると考えられることになるのです。

・・・

以上のように、『パイドン』においては、

現実の世界における何らかの経験をきっかけとしてもたらされる連想を通じて、

以前には知っていたが、今はいったん忘れてしまっていた知識改めて思い出すという知のあり方が、

想起(アナムネーシス)と呼ばれる知のあり方であると明確に定義づけられることになります。

そして、『パイドン』の想起説では、

今回述べたような想起(アナムネーシス)という概念の定義を土台として、そこからイデアの実在性の論証と、人間の魂の不滅性の論証へとさらに議論が発展していくことになるのです。

・・・

次回記事『パイドン』の想起説におけるイデアの実在性の論証①、「等しさ」という観念をめぐる想起の議論、プラトンの想起説④

前回記事:プラトンの初期対話篇『メノン』における自発的な学習の過程としての想起説の議論②、プラトンの想起説②

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