古代ギリシア語で書かれた新約聖書の原典におけるロゴスの記述、ロゴスとは何か?②
前回書いたように、
ロゴス(logos)という言葉が持つ意味の源流には、ヘラクレイトスやソクラテスといった古代ギリシア哲学の思想があると考えられるのですが、
この言葉が持つ重要な意味のもう一つの源流としては、キリスト教の聖書におけるロゴスに関する記述の存在が挙げられることになります。
日本語、英語、ドイツ語における「ヨハネによる福音書」の冒頭部の記述
聖書の記述の中でも、ロゴスに関する特に重要な意味を持つ記述は、新約聖書の「ヨハネによる福音書」の冒頭部分にみられるのですが、
その部分の現代における日本語訳(新共同訳)の聖書の記述は以下のようになっています。
初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。
この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。
成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。
(ヨハネによる福音書1章1節~3節)
ちなみに、
他の言語における聖書では、この部分の記述はどのような形で書かれているのか?というと、
例えば、
上記の「ヨハネによる福音書」からの引用部分の太字で記した箇所は、英語版とドイツ語版の聖書では、以下のように書かれています。
英語版:In beginning was the Word, and the Word was with the God, and God was the Word.
ドイツ語版:Im Anfang war das Wort, und das Wort war bei Gott, und das Wort war Gott.
そして、
上記の英語におけるword(ワード)と、ドイツ語におけるWort(ヴォルト)という単語は、両方とも日本語の「言葉」に相当する単語ということになるので、
これらの現代語訳された聖書の中の記述には、基本的に、「言葉」を意味する単語の記述があるだけで、ロゴスという単語が直接現れる箇所は存在しないと考えられることになります。
古代ギリシア語で書かれた新約聖書の原典におけるロゴスの記述
それでは、
新約聖書において、ロゴスという単語を含む記述が現れるのは、いったいどの段階においてなのか?ということについてですが
それは、英語やドイツ語版の聖書からさらにさかのぼって、古代ギリシア語の聖書原典における記述にその起源が求められることになります。
古代ギリシア語で書かれた新約聖書の原典においては、「ヨハネによる福音書」の冒頭部分は以下のように書かれています。
Ἐν ἀρχῇ ἦν ὁ λόγος, καὶ ὁ λόγος ἦν πρὸς τὸν θεόν, καὶ θεὸς ἦν ὁ λόγος.
そして、
上記のギリシア文字の原文をラテン文字(ローマ字)に音写したうえで、カタカナ表記で読み方を付記すると以下のようになります。
En arche en ho Logos,(エン アルケー エン ホー ロゴス)
kai ho Logos en pros ton Theon,(カイ ホー ロゴス エン プロス トン テオン)
kai Theos en ho Logos.(カイ テオス エン ホー ロゴス)
上記のギリシア語の単語のうち、例えば、arche(アルケー)は「始まり、始原」、Theos(テオス)は「神」を意味し、
kai(カイ)は英語のandにあたる接続詞、en(エン)は 英語のinやatにあたる前置詞、ho(ホー)は英語のtheにあたる定冠詞のような働きを持つ単語ということになりますが、
こうした個々の単語の意味を踏まえたうえで、上記のギリシア語の原文をロゴスという単語をそのまま残した形で逐語訳すると、
はじめにロゴスがあった。
ロゴスは神と共にあった。
ロゴスは神であった。
という意味になると考えられることになるのです。
・・・
以上のように、
日本語だけではなく、英語やドイツ語といったヨーロッパ系の言語においても、現代語訳された聖書の文言の内には、
ロゴスという単語が直接現れる箇所を見つけ出すことはできないと考えられることになるのですが、
これらの各国の言語で記されたすべての聖書の原典にあたる古代ギリシア語で書かれた新約聖書の原典においては、「ヨハネによる福音書」の冒頭部分の記述の内に、
「初めにロゴスがあった。ロゴスは神と共にあった。ロゴスは神であった。」
という意味を持つ記述を見いだすことができます。
そして、
それまで言語自体が神聖視され、本格的に翻訳されることが長く拒まれ続けてきたギリシア語原典における聖書の文言が、ヨーロッパ各地の日常的な言語へと翻訳され始めるルターの宗教改革の時代に、
こうした聖書におけるロゴスという概念についての解釈の重要な転機が訪れることになるのです。
・・・
次回記事:ルターによる聖書のドイツ語訳におけるロゴスの翻訳と宗教改革、ロゴスとは何か?③
前回記事:ロゴスとは何か?①古代ギリシア哲学におけるロゴスの意味
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