尊厳死の背景にある仏教の悟りや諦観へと通じる思想とは?安楽死と尊厳死の違いとは?⑥

前回書いたように、

回復の見込みのない不治の病に苦しむ重病人などに対して、本人の明確な意思に基づいて、当人にとってより良い死のあり方である苦痛のない安らかな死を選択する安楽死という死のあり方の背景には、

一人一人の人間には、自分の生き方や生活のあり方について自分の意思に基づいて自由に決定する権利があると考える功利主義や個人主義に基づく自己決定権の思想があると考えられることになります。

それに対して、

安楽死と同列の概念として捉えられることの多い尊厳死という死のあり方については、安楽死における自らの命に対する自己決定権の思想の他に、それとは異なる別の死生観も含まれていると考えられることになるのですが、

それは一言で言うと、仏教における悟りや諦観の思想にも通じるような死生観であると考えられることになります。

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残された時間を寿命として受け入れ自然な姿で生を全うする死のあり方

尊厳死において人間の死は、ただ苦痛がない安らかなものであればいいというだけではなく、尊厳というある種の神聖さを持った存在として捉えられることになりますが、

そうした決して侵されるべきではない人間としての尊厳を守るために、尊厳死においては、例えば、患者の回復の見込みがない場合において、

全身に気管内チューブ胃瘻カテーテル尿道カテーテルなどのたくさんの管につながれるスパゲッティ症候群と呼ばれるような不自然な形での延命措置などが取りやめられることがあります。

そして、このように、尊厳死において不自然な延命措置が患者自身の意思に基づいて取りやめられることになる背景には、

単に、そうした延命措置が患者にとって苦痛となる可能性があることや、それが患者が自分で決めたことだからという自己決定権の思想だけではなく、

そのような不自然な形の延命措置を受けてまで無理に生き長らえるよりは、むしろ、残された時間をそのまま自分自身の寿命として受け入れ自然な姿で自分自身の生を全うしたいという死生観が含まれていると考えられることになるのです。

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尊厳死の背景にある悟りと諦観へと通じる思想

手塚治虫の『ブラック・ジャックの中では、主人公の亡き恩師である本間先生の幻影が現れて彼の傍らに寄り添い、自らの超人的な医療技術をもってしても患者の命を救うことができなかったブラック・ジャックに対して、

人間が生きものの生き死にを自由にしようなんて、おこがましいとは思わんかね。」という言葉を、語りかけるシーンが二回ほど出てきますが、

こうした言葉と同様に、

医療などのあらゆる手を尽くしても、もはや治癒する可能性のないことがはっきりと分かった時に、

それ以上不自然な形で死に対して抗い続けることをやめて、残された時間を神仏あるいは自然そのものから与えられた自らの天命としての受け入れようとするある種の悟りのような感覚が尊厳死という死のあり方の背景にはあると考えられることになります。

つまり、

人間らしい自然な死のあり方を求める尊厳死という概念の背景には、

自分の命は自分のものなのだから、自分が思うままに自由に使いたいという自己決定権に基づく個人の権利の主張だけではなく、

もはやそれ以上逃れることができなくなったすぐ先にある死を神仏や自然そのものといった自らを超えた存在から与えられる天命として受け入れ

その天命を受け入れることによって、自らの生を静かに全うするという悟りや諦観にもつながる思想が存在するということです。

・・・

以上のように、

安楽死と尊厳死という二つの死のあり方は、患者を苦しみから解放し、自分自身が望む形で人生を全うするために死をもたらす行為であるという点においては、互いによく似た死のあり方をしていると考えられることになるのですが、

そうした死のあり方の背景にある哲学的な思想死生観のようなものまで読み解いていくと、両者の間には根本的な思想上の相違点があるとも捉えられることになります。

つまり、

安楽死の背景には、自分の命は自分のものなのだから、最期まで自分が思うままに自由に使いたいという自己決定権の思想があるのに対して、

尊厳死の背景には、人間の生き死には自分の自由にはならないものなのだから、天から与えられた最期の時が来たならば、それに不自然な形では抗わずに静かに受け入れることによって自らの生をまっとうしたいという仏教における悟りや諦観にも通じる思想があると考えられるように、

両者の死のあり方の背景には、ある意味では正反対ともいえる思想が存在しているとも考えられることになるのです。

・・・

初回記事安楽死(エウタナシア)の語源と善い生の先にあるべき善い死のあり方、安楽死と尊厳死の違いとは?①

前回記事:安楽死の背景にある自己決定権の思想と個人主義と功利主義の関係とは?安楽死と尊厳死の違いとは?⑤

関連記事:「ときには真珠のように」で本間丈太郎が残した言葉と生命の神秘、『ブラック・ジャック』の本間先生の言葉①

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