ソクラテスの無知の知とは何か?①デルポイの神託の真意を確かめる知の探究への道
ソクラテスの無知の知とは何か?という問いについて考えるためには、
まずは、
ソクラテスがどのような経緯から無知の知と呼ばれる知についての探究の道へと進むことになったのか?ということについて知っておくことが必要となります。
そして、
彼がそのような知の探究への道を歩むようになったきっかけは、
ソクラテスの友人であるカイレポンがデルポイのアポロン神殿を訪れたときに、デルポイの巫女から、ある神託を受けたことに端を発することになります。
人間的知恵としての無知の知
そもそも、
ソクラテスの無知の知とは言っても、ソクラテス自身が自らが探究する知のあり方を「無知の知」というそのままの言葉の形で語っている箇所は、彼の言行が書き記されているとされるプラトンやクセノポンの著作の内には見いだすことができないのですが、
例えば、
『ソクラテスの弁明』において、ソクラテス自身は、自らが行ってきた知の探究がどのような知についてのものであったのか?ということについて、以下のように語っています。
アテナイ人諸君、私がかかる評判を博したのは、私にただ一つの知恵があるためなのである。
それでは、いったいそれはいかなる知恵なのかというと、
思うにそれは、一つの人間的知恵なのだろう。
そういう知恵であるならば、私も実際持っていると自ら信じているのだから。
(プラトン著、『ソクラテスの弁明』、第5節)
『ソクラテスの弁明』においてソクラテスは、
自らの思想によってアテナイの青年たちを堕落させ、国家が認める神々を認めず、新たなダイモーン(神霊)を信じているという不敬神の罪を犯しているとして告発され、アテナイ市民の手によってアテナイの民衆法廷の場で裁判にかけられることになるのですが、
そうした民衆裁判において、ソクラテスが自らの身の潔白を証明するために述べた弁明の中で、上記の言葉が語られることになります。
つまり、
ソクラテスは、自分に対する様々な名声と悪評の声がわき起こり、最終的に不敬神の罪によって告発されるに至ったのは、
アテナイの人々から、彼らが恐れ危ぶむような社会を転覆させうる人間離れした超人的な業や知を自分が持っているとみなされたからであるが、
自分が持っている知はそのような超人的な知ではなく、むしろ、それは、極めて人間的な知であり、
自分が行っていた知の探究は、極めて人間的な、人間そのものの知についての探究なのだと語っているということです。
そして、
こうしたソクラテス自身の言葉では「人間的知恵」あるいは「人間の知恵」と呼ばれている知のあり方が、
一般にソクラテスの無知の知として知られている知のあり方であると考えられることになるのです。
デルポイの神託の真意を確かめる知の探究への道
そして、
彼がそうした人間的知恵としての無知の知を探究することになった経緯について、ソクラテス自身は、さらに以下のように語っています。
私の知恵に関する証人として、私はデルポイの神を立てる。
思うに諸君は、カイレポンという男を知っているに違いない。
彼は、青年時代からの私の友であると共に、民主派である諸君の友でもあった。…
彼は、かつてデルポイにおもむき、大胆にも、次のごとき問いに対して神託を求めることを敢えてしたのである。…
すなわち、彼は、神に対して、ソクラテス以上の賢者はいるのか?という伺いを立てたのである。
そして、この問いかけに対して、デルポイの巫女は、ソクラテス以上の賢者は一人もいないと答えたのだ。…
そこで私は、神託の意味を明らかにするために、自ら進んで、賢者の評判のあるすべての人のもとに行かなければならないと考えたのである。
(プラトン著、『ソクラテスの弁明』、第5~6節)
つまり、
ソクラテスは、自らの信頼できる友人であるカイレポンがデルポイのアポロン神殿を訪れた際に、彼が神に仕える巫女から下された神託をきっかけとして、
そうしたデルポイの神託に基づいて、自らの知の探究の歩みを開始したということです。
そして、
上記の「ソクラテス以上の賢者は一人もいない」すなわち、「ソクラテスよりも知恵のある者は誰もいない」というデルポイの巫女によって下された神託の真意を確かめるために、
ソクラテスは、その後の自分の人生のほとんどすべてを費やして、アテナイだけにとどまらず、ギリシアの各地で賢者や知者と呼ばれるあらゆる人々のもとを訪ねられる限り訪ね、彼らと対話し、その知のあり方を吟味していくことになります。
そして、そのことによって彼は、
ソクラテス自身の言葉としては「人間的知恵」、一般的には「無知の知」と呼ばれる人間が持つ知のあり方についての探究の道へと進んでいくことになるのです。
・・・
そして、ソクラテスは、
知者や識者と呼ばれる人々の代表として、
はじめに政治家、次に詩人、最後に職人のもとを訪れることになるのですが、
彼らと対話し、その知のあり方を吟味していく中で、彼らが三者三様に、それぞれ別々の意味において無知であることが明らかにされていくことになるのです。
・・・
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