知行合一とソクラテスの主知主義の関係とは?両者の共通点と相違点そして真なる知における知と行の本質的な一致

知行合一説は、16世紀の時代の中国において、陽明学の創始者である王陽明によって提唱された儒学の系統に属する道徳思想であり、

それに対して、

ソクラテスの主知主義は、紀元前5世紀古代ギリシアアテナイの哲学者ソクラテスの思想における知を重視する倫理学上の立場ということになります。

それでは、

こうした両者の思想には、互いにどのような相違点共通点があると考えられることになるのでしょうか?

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知を行よりも重視する主知主義と両者に同等の価値を置く知行合一の思想の違い

まず、

ソクラテスの主知主義の思想においては、善についての知を得ることによってのみ善なる徳と善なる生き方がもたらされると考えられることになるので、

それは、思いやりなどの善なる感情や善なる行為を実践しようとする意志よりも善についての知を有する知性のあり方に優位を置く思想であると捉えられることになります。

つまり、

ソクラテスの主知主義は、その字義通りの解釈に基づくと、善についての知をその知に基づいて善行を実践していく行よりも重視する思想であると捉えられるということです。

それに対して、

知行合一は、善についての知は学びながら同時に実践されるべきものであるという知行並進という言葉でも言い表されることがあるように、

はその実践である行と結びついてはじめて意味を持ち、両者の間には重要度における優劣関係はないと考えられることになります。

つまり、

ソクラテスの主知主義においては、知性の感情や意志に対する優越が説かれ、行よりも知の方により大きな価値が置かれているのに対して、

知行合一説においては、知と行に同等の価値が置かれているという点に両者の思想の相違点があると考えられるということです。

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善についての真なる知が善なる行いの実践である行へと直結する思想

それでは、

ソクラテスの主知主義王陽明の知行合一説という両者の思想は、互いに相容れない正反対のことを意味する思想なのか?というと決してそういうわけではなく、

むしろ、

行に対する知の優越性を主張するソクラテスの主知主義と正反対の立場にある学説は、直接的には、知に対する行の優越性を主張する朱子学の先知後行説であると考えられることになります。

そして、

知行合一説は、もともとは、そうした朱子学における知に対して行により重きを置く先知後行説の知の捉え方を批判し、その問題点を発展的に解消していくことによって形成されていった学説でもあるので、

そういう意味では、

知行合一説ソクラテスの主知主義の思想は、共に、知に対する行の優位性を説く学説である先知後行説に対立する学説であるという点において、その思想の本質においては、同じ方向性をもった思想であるとも捉えられることになるので、

それでは、両者の思想には具体的にどのような方向性の類似点があるのかというと、それは以下のようになります。

まず、

詳しくはソクラテスの主知主義のパラドックスの記事で考えたように、

ソクラテスの主知主義では、普遍的真理としての善なる知においては知と行は一致し、十全なる吟味によって得られた善についての真なる知からは善なる行いの実践善なる生必然的に帰結すると考えられることになります。

つまり、

ソクラテスの主知主義の思想においては、善についての真なる知を得ることは、善なる行いの実践である行とそれが積み重なることによって得られる善なる生へと直結すると考えられるということです。

そして、それと同様に、

知行合一説においても、知と行一体であり、両者の概念が本質的に一致するということから、善についての真なる知は、善なる行いの実践である行へと直結すると考えられることになります。

つまり、

ソクラテスの主知主義においても、知行合一説においても、

善についての知真の意味で深く知ることができたとするならば、そのような善についての真なる知善なる行善なる生へと直結すると考えた点に両者の思想の共通点があると考えられることになるのです。

・・・

以上のように、

ソクラテスの主知主義知行合一説という両者の思想の相違点共通点については、

前者が行よりも知の方により大きな価値を置く思想であるのに対して、
後者が知と行に同等の価値を置く思想であるという点に両者の思想の違いがあり、

両者共に、善についての真なる知が善なる行いの実践である行へと直結すると考えた点では両者の思想は一致していると捉えられることになります。

そして、そういう意味では、

ソクラテスの主知主義の思想が、善についての真なる知を得ることによってのみ、善なる行いとその行いである善き生が得られることを説くという、言わば、知の側から知と行の本質的な一致を説いた思想であるのに対して、

王陽明の知行合一説は、知と行は同時に進行していく同等の価値を持った営みであると共に、真なる知はその実践である行へと直結するという、知と行の両方の側から両者の概念の本質的な一体性を説いた思想であると考えられるように、

両者の思想は、善についての真なる知における知と行の本質的な一致という互いに共通する一つの真理について、知の側、そして、知と行の両方の側という二つの異なる視点から解き明かそうとした思想であると捉えられることになるのです。

・・・

前回記事:知行合一と先知後行の違いとは?両者の思想を特徴づける三つの相違点

関連記事:ソクラテスの主知主義のパラドックスの論理整合的な解釈と普遍的真理としての善なる知、善く生きるとは何か?③

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