ソフィストの語源となる言葉とソフィストが語源となる単語、ソフィストとは何か?③
前回までのソフィストシリーズで考えてきたように、
ソフィストの思想とは、
哲学史上は、ソクラテス以前の哲学とソクラテス以降の哲学の間に位置する
思想活動であり、
アテナイにおける直接民主制の進展に基づく民主政治の成熟の中で、
市民の要請に応じる形で展開されていった思想運動であると考えられることになるのですが、
今回は、
ソフィスト(sophist)という単語の概念自体をより詳しく分析していくことによって、その言葉が指し示す具体的な意味内容について改めて迫っていきたいと思います。
ソフィストの語源となる言葉、ソポスとソピアと弁論術の教師
ソフィスト(sophist)という英単語は、
古代ギリシア語ではソピステース(sophistes、複数形はsophistai(ソピスタイ))という単語に該当することになります。
そして、
このソピステース(sophistes)という単語は、もともとは、
ソポス(sophos、知者)とほぼ同義の概念として用いられていた単語であり、
両者とも、「sophia(ソピア、ソフィア)を持つ者」すなわち、
「知恵や専門知識を持つ人」のことを指す概念として用いられていました。
この場合のsophia(ソピア)とは、
世界の秩序や根本原理を解き明かす理論的知識から
日常の生活に役立つ実践的知識に至るまでの
幅広い分野における知のことを指す概念ということになるので、
そうした幅広い分野の専門知識を現に持っていて、
それを人々に教える能力を持つ人々がソポス(sophos)やソピステース(sophistes)と呼ばれていたと考えられることになります。
より具体的にどのような人物が知者やソフィストとされるのか?ということについては、それぞれの時代において要請される知恵や知識、すなわち、sophia(ソピア)の内容に応じて変わっていくと考えられることになるのですが、
詳しくは前回書いたように、
紀元前5世紀後半から始まるソフィスト思潮においては、
アテナイ市民たちは、民会のような大勢の人が集まる場に出て議論するために、
十分な教養と弁論の技術を身につける必要性に迫られていくことになります。
そして、
そうした民主政治の成熟期のアテナイにおいて求められるsophia(ソピア)とは、
市民が求める教養と弁論術に関する専門知識ということになるので、
そうした専門知識を市民に提供することができる人物が知恵や知識を持つ人、すなわちソフィストとして求められるようになっていくことになります。
つまり、
紀元前5世紀後半のアテナイの社会においては、民主政治の成熟を背景として、
授業料と引き換えにこうした専門知識を提供する教養と弁論術の教師が
ソフィストと呼ばれるようになっていったと考えられるのです。
ソフィストが語源となる言葉、sophismか?それともsophisticate?
しかし、その一方で、
こうしたソフィスト思潮の隆盛においてもたらされた
既存の秩序や考え方を論駁する力を持った新しい知識と思想は、
従来の慣習や伝統的価値観を重視する多くの市民たちにとっては、
彼らの常識や日常生活を脅かす危険思想としても捉えられるようになっていきます。
教養と弁論術の教師としてのアテナイのソフィストたちは、
神を軽んじ、社会に災厄をもたらす「不敬神」の罪を着せられることなどによって、
思想的な弾圧の対象として排斥されるようにもなっていくのです。
また、
ソフィストたちと呼ばれる人々は、こうしたソフィスト思潮の後に現れることになる
ソクラテスやプラトンなどといったアテナイの哲学者たちからも
思想上の立場の違いから批判を受け、詭弁家や似非哲学者などの烙印を押されてしまうことになり、
こうしたアテナイ社会と後世の哲学者たちからの批判と排斥に伴って、
ソフィスト(sophist)という言葉自体が意味する内容も
マイナスのイメージが強いものへと徐々に変容してしまうことになるのです。
このような経緯から、現代においても、ソフィストから連想される言葉はマイナスイメージの強いものが多く、
例えば、
ソフィスト(sophist)が語源となる単語としては、まず、その抽象名詞形である
sophism(ソフィズム)が挙げられることになりますが、
この英単語の意味は、上記のようなソフィストのマイナスイメージそのままに、
詭弁やこじつけ、屁理屈といった意味を表す単語ということになります。
しかし、
それでは、ソフィストに由来する単語がすべてこうしたマイナスイメージが強い言葉ばかりなのか?というと、必ずしもそうではなく、
例えば、
sophism(ソフィズム)と同様に
ソフィスト(sophist)を語源とする単語として
動詞のsophisticate(ソフィスティケイト)が挙げられることになりますが、
この単語は、詭弁を働かせるといった意味で用いられることもあるものの、
必ずしも悪い意味で用いられる単語ではなく、
主要な意味としては、
洗練させる、教養をつけさせるといった意味を持つ単語ということになります。
そしてさらに、
その形容詞形である
sophisticatede(ソフィスティケイテッド)となると、
洗練された、教養のある、都会風の、熟練した、程度の高いというように、
プラスのイメージが非常に高い表現となるように、
ソフィストという言葉本来の意味である
知者や知識に精通した人といった意味内容を残した単語も
ある程度現代にまで伝えられ、息づいていると考えることができるのです。
・・・
以上のように、
ソフィストとは、本来、sophia(ソピア)すなわち知恵や専門知識を持つ人を指す幅広い意味内容を持つ言葉として使われていたものが、
アテナイにおける民主政治の進展のなかで、
授業料と引き換えに専門知識を提供する教養と弁論術の教師という
より限定された意味で用いられるようになっていき、
さらにそれが、アテナイの守旧派の市民たちや
その後のソクラテスやプラトンなどといったアテナイの哲学者たちからの批判を受けることによって詭弁家や似非哲学者といったマイナスイメージが強い意味を持つ概念へと転落していった言葉であると考えられることになります。
それでは、
なぜ、ソフィストたちの思想は
ソクラテスやプラトンといったアテナイの哲学者からの批判の対象となったのか?
そして、
両者の思想は、どのような点が異なる思想だったと考えられるのか?
といったことについては、また次回、詳しく考えてみたいと思います。
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このシリーズの前回記事:
ソフィストとは何か?②アテナイにおける民主制の進展とソフィスト思潮の隆盛
このシリーズの次回記事:
ノモス(慣習)とピュシス(自然)を分かつ思想、ソフィストとは何か?④
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