「国破れて山河在り」(春望)と「ゆく河の流れ」(方丈記)の世界観
平安時代末期の歌人・随筆家、
鴨長明(かものちょうめい、1155年~1216年)の
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」ではじまる
『方丈記』に表れている思想は、
同じく、川の流れとその変化について述べられた、
古代ギリシアの哲学の中に出てくる
と並べて語られることも多いのですが、、
むしろ、
中国の唐の時代の詩人、
杜甫(とほ、712年~770年)の
「国破れて山河在り」ではじまる
『春望』に表れている思想の方に、共通点が多いと考えられます。
今回は、
この2つの東洋古典文学に表れている世界観がどのようなものであるのか?
ということについて、考えてみたいと思います。
「ゆく河の流れ」(方丈記)の世界観
鴨長明の『方丈記』の冒頭部分は、「ゆく河の流れ…」の後は、
以下のように続きます。
ゆく河の流れは絶えずして、
しかももとの水にあらず。
淀みに浮かぶうたかた(泡)は、
かつ消えかつ結びて、
久しくとどまりたるためしなし。
世の中にある人とすみかと、
またかくのごとし。
(鴨長明『方丈記』冒頭部)
これを現代語訳すると以下のようになります。
河の流れは途絶えることなく流れ続けていて、
それでいて、流れる水は元の水ではない。
河の淀みに浮かんでいる泡は、
一方では消えたり、一方では新しくできたりと、
長くとどまっていることはない。
この世に生きる人間とその住処も、
それらと同じようなものである。
つまり、
河の流れは、絶え間なく、
常に変わることなく、こんこんと流れ続けていて、
自然の悠久の時の流れを刻んでいますが、
それに対して、
その川の中を流れる一つ一つの水のしずく、
浮かんでは消える個々の泡は、
同じ状態にとどまることなく、常に流れ去り、変化していきます。
そうした、水の一滴や、泡の一つと同じように、
人間の人生や、人が造った建築物も、
すぐに移ろいゆき、瞬く間に消え去っていく
儚い存在である、
ということです。
このように、「ゆく河の流れ」では、
川の流れの中の水のしずくや泡といった
自然の中の個々の事物や、
個々の人間の生、そして、人間が生み出す建造物は、
時の流れの中で、瞬く間に移り変わり、
絶え間なく生滅変化して、流れ去っていきますが、
河に象徴されるような
自然の全体は、そうした個々の事物の移ろいや、
人の世の些細な変化には見向きもせずに、泰然自若として、
いつまでも変わることなく、そこに静かに在り続けています。
もちろん、
四季の変化が豊かな日本においては、
特にそうであるように、
河の姿は、
春には穏やかに流れ、魚が泳ぎ、
冬には凍てついて静まり返るというように、
時の流れにしたがって、刻々と変化していくのですが、
その季節の変化のなかで、
冬の凍てつく河の姿は、春の穏やかな河の流れを
すっかり忘れ去ったようでありながら、
春になると、あたたかく穏やかな流れを取り戻し、やはり、
あの河は変わらずにそこに在り続けていたのだ、と思わせるように、
そうした四季の変化を越えてなお、全体としては、
同じ川の姿がそこには在り続けていると考えることができます。
つまり、
河の時々の姿は、
自然の中の個々の事物と同様に移ろいゆくのですが、
一年が過ぎ、同じ季節が再び巡って来ると、全体としては、
以前と同じ姿を取り戻していることに気づくというように、
四季の循環といった時の巡り合いをも含めて、
自然の全体は、変わらずに在り続けていると言えるということです。
以上のように、
『方丈記』の「ゆく河の流れ」における世界観では、
人間の生やその建造物を含む、
自然の中の個々の事物が絶え間なく変化し、流れ去っていくのに対して、
その背景にある、
自然の全体は、その内部では絶え間ない動きと循環を見せながらも、
その総体としては、変わるくことなく存在し続けている
という
自然の中の個々の存在の絶え間ない変化と、
自然の全体の循環をもった不変性との
静かな対比が描かれているとということです。
「国破れて山河在り」(春望)の世界観
一方、
杜甫の『春望』の冒頭部分は、
国破れて山河在り
城春にして草木深し
(杜甫『春望』の冒頭の句)
という言葉ではじまりますが、
これを現代語訳すると以下のようになります。
戦乱で国は滅びてしまったが、
山や河は、元のままの姿で存在している。
町※には春が訪れ、草木が生い茂っている。
※中国では、日本とは異なり、町全体が高い城壁で囲まれていることが多く、中国語の「城」という言葉は、城壁の内側である都市と、その外側である農村部を分ける概念として使われているので、ここでも、「城」は、町や都市、城市などの意味として捉える方が良いと思われます。
つまり、
栄華を極めた大国も、
気づけば、政治的な腐敗と戦乱の前に、以前の栄光は見る影もないほどに
荒廃し、滅亡の一途をたどっているが、
そんな政治や社会といった
人為の荒廃と変化の最中にあっても、
山や河といった、大いなる
自然の全体は、その不変なる美を見せ続け、
今も、全く変わらない姿で在り続けている、
ということです。
このように、
杜甫の『春望』においては、
短い言葉の中に、
政治や社会といった人の世、
人為の世界が激しく移り変わり、生滅変化していく姿と、
そのような人為の世界の変化にあっても、不動で在り続ける、
自然の全体の雄大なる不変の美と限りない生命力が、
人為と自然との
壮大なスケールの対比において描かれている
と考えられます。
『方丈記』、『春望』から『おくのほそ道』へ
また、
松尾芭蕉(1644年~1694年)が
『おくのほそ道』の旅において、
奥州の平泉(現在の岩手県南西部)を訪れたときに読んだ名句、
夏草や兵どもが夢の跡
にも、
こうした杜甫の『春望』や、鴨長明の『方丈記』の世界観に
共通する
人の世の移り変わりの儚さと、
その背景にあり、悠久の時を刻む
自然の姿とを対比する世界観が描かれていると考えられます。
以上のように、
人の世の無常なる移り変わりと、悠久なる自然の全体の姿とを
壮大なスケールで対比する世界観は、
8世紀の唐の時代の詩人杜甫から、
12世紀、平安時代末期の歌人鴨長明、そして、
17世紀、江戸時代前期の俳人松尾芭蕉へと
受け継がれていき、
それぞれの文人が、少しずつ異なった角度から
同じ世界観を描いている
と考えられるのです。
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