ゲーテの『ファウスト』に登場するフォルキュアスと悪魔メフィストフェレスの対話とギリシア神話の海の怪物ゴルゴンとの関係
古代ギリシア神話において、見たものすべてを石に変えるという邪眼の力を持つとされるゴルゴンの怪物の女王にあたるメドゥーサを退治する英雄ペルセウスの物語のなかでは、
英雄ペルセウスがメドゥーサとの戦いに赴いていく前に、そうしたゴルゴンの怪物の邪眼の力を封じるのに必要な力を持つ伝説の武具を探し求めていく旅のなかで、
グライアイあるいは灰色の魔女とも呼ばれるエニュオー、ペプレードー、デイノーという名の老婆の姿をした三姉妹の怪物のもとを訪れる場面が出てくることになります。
そして、こうしたギリシア神話においてグライアイと呼ばれている老婆の姿をした三姉妹の怪物たちは、ゲーテの『ファウスト』の物語なかでもその姿が登場する場面が出てくることになります。
ギリシア神話におけるグライアイとゴルゴンの怪物との関係
そもそも、
古代ギリシア語においてグライアイと呼ばれるギリシア神話に登場する老婆の姿をした三姉妹の怪物たちは、
こうしたグライアイ(Γραῖαι)という言葉が、もともと古代ギリシア語において「老人」や「老婆」のことを意味するグライオス(γραῖος)といった単語から派生した言葉であると考えられることになるように、
生まれた時から灰色の髪をした海のほとりに住む老婆の姿をした怪物であったと考えられることになります。
そして、
こうしたグライアイと呼ばれる老婆の姿をした三姉妹の怪物たちは、三人で一つの眼と一つの歯しか持っておらず、たった一つの眼と歯を互いに分け合って順番に使い回していくことによって暮らしていたとされているのですが、
ギリシア神話においては、こうしたグライアイと呼ばれる老婆の姿をした怪物たちは、見たものすべてを石に変えるという邪眼の力を持つとされるゴルゴンの怪物の姉妹にあたる怪物としても位置づけられていて、
彼女たちは、そうしたゴルゴンの怪物と共に、太古の海の神であるポルコスと、海の怪女ケートーとの間に生まれた娘たちでもあったため、ポルコスの娘という意味でポルキデス(Phorcides)とも呼ばれていくことになるのです。
ゲーテの『ファウスト』に登場するフォルキュアスと悪魔メフィストフェレスとの対話の場面
そして、
18世紀後半から19世紀前半のドイツの詩人にして劇作家でもあったゲーテが書いた代表的な戯曲である『ファウスト』の物語においては、
「古典的ワルプルギスの夜」と題された古代の魔女や怪物たちがこの物語の主人公であるファウストと悪魔メフィストフェレスの一行の前に現れては過ぎ去っていく場面が描かれていく章のなかで、
フォルキュアスと呼ばれている三人の老婆たちと悪魔メフィストフェレスとの以下のような対話の場面が描かれていくことになります。
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メフィストフェレス:人間は、見捨ててきたものを恋しがるものだ。なじみの土地は、いつまでも天国さ。それはそうと、あすこの洞穴のなかに、三人で薄暗がりにしゃがんでいるのはなんだい。
樹の精ドリューアス:フォルキュアスたちです。気味悪くお思いでなければ、あすこへでかけていって、話をしてごらんなさい。…
フォルキュアス:妹たち、ちょっと眼をお貸し、私たちのお宮のこんな近くまで誰がきたのか聞いてみるから。…
メフィストフェレス:ただ不思議なのは、詩人が一向にあなた方をたたえていないことです。まあ、どうしたことでしょう。どうしてこんなことになったのでしょう。絵でも立派なあなた方のお姿に接したことはありません。彫刻家の鑿(のみ)も、ユーノーやパラスやヴェーヌスなどよりも、あなた方の姿をまず刻めばいいのですがね。
フォルキュアス:いつも寂しい、ひっそりとした闇のなかに引きこもっているので、私たち三人とも、まだそこまでは考えなかったわ。…
フォルキュアス:夜に生まれて、夜のものの血筋をひいて、誰にも知られず、ほとんど自分自身にさえ知られていない身なのに。
(ゲーテ『ファウスト第二部』相良守峯訳、岩波文庫、225~228ページ。)
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このように、上記の『ファウスト』の記述においては、
暗がりの中に隠れて暮らす闇の生き物であるフォルキュアスたちの孤独な心情がどこか不思議な調子のユーモアをまじえて描かれていると考えられることになります。
そして、
こうしたフォルキュアスと悪魔メフィストフェレスとの対話の場面の他の箇所においては、メフィストフェレスが語る言葉として、
「あなた方お三人、一つの眼と一つの歯でこと足りておいでだ。とすれば、お三人の実質をお二人に縮めていただいて、三人目のお姿を私に貸してくださるということも、神話学上、べつに差しつかえないわけですね、ちょっとの間だが。」(同228ページ)
といったセリフも記されているように、
こうしたゲーテの『ファウスト』の物語のなかで登場するフォルキュアスと呼ばれる三人の老婆たちとは、まさしく、前述したギリシア神話におけるゴルゴンの怪物の姉妹にあたる老婆の姿をした怪物たちのことを意味していると考えられ、
そうしたギリシア神話においてグライアイと呼ばれている老婆の姿をした怪物たちの別名にあたるポルキデス(Phorcides)が、
ドイツの詩人であるゲーテの『ファウスト』の物語のなかでは、ドイツ語においてフォルキュアス(Phorkyas)と呼ばれていると考えられることになるのです。
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