マラトンの戦いの勝利を伝えて死んだ使者のために捧げられたイギリスの詩人ロバート・ブラウニングの詩の和訳と解釈

前回の記事で書いたように、現代のマラソンの起源となった古代ギリシアマラトンの戦いにおけるアテネの使者であったフェイディピデスの力走とその死についての原型となる物語がはじめて語られているのは、

2世紀ごろの古代ローマの詩人であったルキアノスが書き残したとされている一篇の散文詩においてであると考えられることになるのですが、

こうしたマラトンの戦いにおけるアテネの使者の物語現代のオリンピックにおけるマラソンの起源となり、人々の魂を深く揺さぶり感動を与えるような一つの物語として広く定着していくことになったのには、

さらに、その後の近代オリンピックが誕生する直前の時代にあたる19世紀前後の時代におけるロバート・ブラウニングに代表されるような近代ヨーロッパの詩人たちの作品が大きな影響を与えていくことになったと考えられることになります。

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ロバート・ブラウニングの『フェイディピデス』におけるアテネの使者の力走と壮絶な死の場面

19世紀のイギリスの詩人であったロバート・ブラウニング(Robert Browningは、古代ギリシアやローマの古典文献学にも精通した人物としても知られていて、

日本においても、夏目漱石芥川龍之介といった明治時代の文豪たちに深く敬愛されていて、夏目漱石の『三四郎』や、芥川龍之介の『藪の中』といった作品のうちにも、ブラウニングの詩からの引用や、その詩の内容が重要なモチーフとされた場面が描かれていると考えられるのですが、

そうしたロバート・ブラウニングの手によって1879に書かれた『フェイディピデス』(Pheidippidesという題名の一篇の詩のなかでは、

この詩の題名ともなっているマラトンの戦いにおおけるアテネの使者であったとされているフェイディピデスの戦場であったマラトンからアテネまでの力走と、その後の壮絶な死についての劇的な場面が描かれていくことになります。

そして、

こうしたロバート・ブラウニング『フェイディピデス』におけるアテネの使者力走と死の場面が描かれている箇所の英文の原文をそのまま引用したうえで、

その次に、この詩文に描かれていている具体的な情景がより分かりやすくなるように意訳していく形で訳していくと以下のようになります。

・・・

Unforeseeing one! Yes, he fought on the Marathon day:
So, when Persia was dust, all cried, “To Acropolis!
Run, Pheidippides, one race more! the meed is thy due!
Athens is saved, thank Pan, go shout!” He flung down his shield,
Ran like fire once more: and the space ‘twixt the fennel-field
And Athens was stubble again, a field which a fire runs through,
Till in he broke: “Rejoice, we conquer!” Like wine through clay,
Joy in his blood bursting his heart, he diedthe bliss!

・・・

まったく思いがけないことが起きたのだ。彼は確かにマラトンの日に戦った。
こうしてペルシアが灰燼に帰した時、人々は口々に叫んだのである。

「走れ、フェイディピデス。アクロポリスへ。もうひとたび駆け抜けるのだ。この勝利に報いることがお前の務めなのだ。アテネは救われたパーンの神に感謝してそう叫ぶのだ。」

彼は自らの盾を投げ捨てると、ふたたび炎のように走り出したのである。
彼がフェンネルの畑を駆け抜けていくなか、アテネは炎が走り抜けていく畑のなかの刈り株のように再び静まり返っていた。彼がその静寂を打ち破るまでは。

「喜びを。我らは勝ったのだ。」

土のうちからワインが流れ出していくかのように、
彼の体を流れる血の歓喜がその心臓を弾けせたのである
こうして彼は死んだ至上の喜びのうちに

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『フェイディピデス』における「フェンネル」と「土」という二つの言葉の具体的な意味と解釈

ちなみに、古代ギリシア語におけるマラトン(μάραθονという言葉は、その地名の由来となる意味としては、フェンネル(fennelと呼ばれる植物のことを意味していて、

この詩文のなかに出てくるフェンネル・フィールド(fennel-fieldという言葉は、この戦いの戦場となったとなったマラトンの地そのものとを意味しているとも考えられることになるのですが、

その一方で、

この詩文の文字通りの意味における植物としてのフェンネルは、古代ヨーロッパにおいて、ハーブ薬用植物として広く栽培されていた植物にあたり、

マラトンの戦いが実際に行われたと考えられている8月から9という時期は、ちょうどフェンネルの花の開花時期とも重なるため、

そういった意味では、

アテネの使者であったフェイディピデスは、自らの故郷のアテネの人々のもとへと自分たちの国が救われたことを知らせる吉報を届けることに心を躍らせながら

フェンネルの黄色い小さな花が咲く緑の草原の中を走り抜けていくことになっていったとも考えられることになります。

また、

この詩の最後の部分に出てくる「土からワインが流れ出ていく」(wine through clayという表現における「土」「粘土」のことを意味するclay(クレイ)という単語は、

ここでは、キリスト教旧約聖書創世記における人間の誕生の場面において語られている

「主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。」(旧約聖書「創世記」2章7節)

といった記述に基づいて用いられていると考えられ、

それは、単なる土というより、人間の体を形作っている成分としての土、すなわち、人間の肉体としての土のことを意味する言葉であると考えられることになります。

つまり、そういった意味では、

こうしたロバート・ブラウニングの詩におけるアテネの使者フェイディピデス死の場面においては、

マラトンの戦いに勝利がもたらされ故郷の人々に自分たちの国が救われたことを告げ知らせるという歓喜の叫びのなかで、

彼の体の内を流れる血と命が、本来はただの土くれに過ぎない肉体のうちにとどまることができずに、その体のうちから飛び出していくことによって、至上の喜びのうちに死を迎えることになった意味で、こうした表現が用いられていると考えられることになるのです。

・・・

次回記事:古代オリンピックの長距離走におけるラダスの死と古代ギリシアにおけるミュロンの彫刻

前回記事:マラソンの起源となったアテネの使者の力走と死の物語が最初に語られている古代ローマの詩人ルキアノスの散文詩の内容とは?

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