オーストラリアとニュージーランドの国旗はどちらが先にできたのか?法的な意味で正式に承認された年代と実質的な定着年代
前回までの記事で書いてきたように、オーストラリアとニュージーランドという地理的にも南太平洋上において隣接する二つの国の国旗は、互いに非常によく似たデザインをしていると考えられることになるのですが、
こうしたことから、両者の国旗は互いによく間違えて用いられてしまうことがあると考えられることになります。
そして、それによって、
オーストラリアと比べて面積にして30分の1、人口でも5分の1ほどにしか満たない小さな国であるニュージーランドが、より大きな国であるオーストラリアの付属国であるかのように勘違いされてしまうケースや、
それとは逆に、
2018年には、当時のニュージーランドのウインストン・ピータース首相代行の発言として、ニュージーランドの方からオーストラリアの国旗がニュージーランドの真似をしたものであるとして批判が行われたケースもあるのですが、
それでは、
こうしたオーストラリアの国旗とニュージーランドの国旗という互いによく似たデザインの二つの国旗は、実際の歴史的な経緯においては、どちらの方が先に考案されたデザインであると考えられることになるのでしょうか?
法的な意味における国旗としての正式な承認を受けた年代の違い
そうすると、まず、
こうしたオーストラリアの国旗とニュージーランドの国旗という二つの旗のデザインが、それぞれの国家を象徴する旗のデザインとして法的な意味において正式に承認された年代について調べてみると、
現在におけるオーストラリアの国旗のデザインは、
1953年に、オーストラリア議会において可決された国旗法によって国旗のデザインが正式に承認されたと考えられるのに対して、
現在におけるニュージーランドの国旗のデザインは、それにさかのぼること50年ほど前の時代にあたる
1902年、ニュージーランド議会においてすでに国旗のデザインとしての正式に承認がなされていたと考えられることになります。
つまり、そういった意味では、
そうした法的な意味においての国旗としての正式な承認を受けた年代としては、オーストラリアよりもニュージーランドの方が先に、そうした法的に厳密な意味における国旗の正式な制定を行っていたと考えられることになるのです。
オーストラリアにおける国旗の選定のためのデザインコンテスト
しかし、その一方で、
実際に、現在におけるオーストラリアの国旗のデザインがオーストラリアの人々の間で広く共有されていくようになったのは、
国旗法が制定されることになるさらに50年ほど前のオーストラリアを象徴する旗のデザインを選定するためのデザインコンテストが行われた時代であったと考えられ、
具体的には、
1901年におけるオーストラリア連邦の成立に合わせて、連邦国家としてのオーストラリアを象徴する旗を選定するためのデザインコンテストが開かれていくことになるのですが、
このデザインコンテストにおいて、オーストラリアの中心都市の一つにあたるメルボルン出身の14歳の少年であったアイヴァー・エヴァンスを含む5人の人物が提出したとされているほぼ同じデザインの旗が選定されることによって、
現在のオーストラリアの国旗のデザインが誕生し、それが国の内外へと広く定着していくことになっていったと考えられることになります。
つまり、そういった意味では、
1902年に、ニュージーランド議会において自国の国旗のデザインが正式に承認されるちょうど1年前の1901年の時点において、
現在におけるオーストラリアの国旗のデザインは、すでにオーストラリアの人々の間では自らの国家を象徴するデザインとして広く定着していたとも考えられることになるのです。
ニュージーランドの国旗が発案された年代と国旗が実質的な意味において人々の間で定着していくことになった年代
それでは、今度は、
オーストラリアではなくニュージーランドの人々の間で、実際に、現在におけるニュージーランドの国旗のデザインが広く定着していくことになったのは、いったいいつ頃の時代であったと考えられることになるのか?ということについてですが、
こうした現在におけるニュージーランドの国旗のデザインが誕生したのは、1901年よりもさらに30年ほど前の時代であったと考えられ、
1869年に、当時のイギリス海軍の中尉であったアルバート・ヘイスティングス・マーカム(Albert Hastings Markham)の発案によって、
もともとは青色艦隊と呼ばれるイギリス海軍における艦隊のイギリス海軍旗として用いられていたブルー・エンサイン(Blue Ensign)と呼ばれる旗のデザインに、
ニュージーランドを象徴する南十字星が書き加えられたデザインがニュージーランド政府を象徴する旗のデザインとして政府の管轄下にある船舶に用いられていくことになったのが現在のニュージーランドの国旗のデザインが誕生した大本の起源であったと考えられることになります。
そして、その後、
こうした現在へと通じるニュージーランドの国旗のデザインは、ニュージーランド政府の船舶だけではなく、事実上の国旗として広く国の内外において用いられていくようになっていったため、
少なくてもそれから30年もの月日が経過した1901年のデザインコンテストにおけるオーストラリアの国旗の選定までの間には、
すでに現在におけるニュージーランドの国旗は、ニュージーランドの人々の間で自らの国家を象徴するデザインとして広く定着していたと考えられることになるのです。
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以上のように、
こうしたオーストラリアの国旗とニュージーランドの国旗の制定に関わる歴史的な経緯について詳しくひも解いていくと、結局、
それぞれの国の国旗のデザインが法的な意味においての国旗としての正式な承認を受けることになった年代についても、国旗のデザインが実質的な意味において自国の人々の間で広く定着していったと考えられる年代についても、
ニュージーランドの国旗の方がオーストラリアの国旗よりも、法的な意味における正式な認定といった観点からは50年ほど、
実質的な意味における定着や、デザインの発案といった観点からも、少なくとも20~30年ほどは先んじて成立していたと考えられることになるのです。
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