安息日は土曜日か日曜日か?旧約聖書と新約聖書の記述に基づくユダヤ教とキリスト教における安息日の位置づけの違い

安息日(あんそくび)とは、ユダヤ教キリスト教などにおいて、仕事を休んで礼拝を行う聖なる日を意味する言葉として位置づけられていると考えられることになるのですが、

こうした安息日と呼ばれる聖なる日は、ユダヤ教においては土曜日とされているのに対して、キリスト教においては日曜日とされることになります。

それでは、こうしたユダヤ教キリスト教における安息日の曜日の違いは、具体的には旧約聖書新約聖書におけるどのような記述に基づいて、そうした曜日の違いが生じていってしまうこうことになっていったと考えられることになるのでしょうか?

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ユダヤ教における旧約聖書の記述に基づく土曜日としての安息日の位置づけ

そうすると、まず、このシリーズの初回の記事でも書いたように、

一週間を構成している七日間という日数のうちでの安息日と呼ばれる日の位置づけのあり方については、

旧約聖書創世記における以下のような記述のうちに、その大本の由来となる言葉を見いだしていくことができると考えられることになります。

・・・

初めに、神は天地を創造された。…神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一の日である。…

第七の日に、神は御自分の仕事を完成され第七の日に、神は御自分の仕事を離れ、安息なさった。この日に神はすべての創造の仕事を離れ、安息なさったので、第七の日を神は祝福し、聖別された。

(旧約聖書「創世記」1章1節~2章3節)

・・・

そして、

旧約聖書の原語にあたるヘブライ語ユダヤ暦における一週間を構成している七日間の位置づけのあり方においては、

一週間のはじまりの日にあたる第一日目が現在における日曜日とされたうえで、第七日目にあたる日は土曜日とされることになるので、

こうしたヘブライ語ユダヤ暦における一週間の区分のあり方と、上述した旧約聖書の創世記における「安息の日」としての「第七の日」の記述に基づいて、

ユダヤ教における安息日はユダヤ暦における第七の日にあたる現在の土曜日にあたる日として位置づけられていくようになっていったと考えられることになるのです。

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キリスト教における新約聖書の記述に基づく日曜日としての安息日の位置づけ

そして、それに対して、

旧約聖書のほかにそれに続く新約聖書も聖典として位置づけている世界的な宗教であるキリスト教においては、

新約聖書ルカによる福音書において記されている以下のような記述などに基づいて、こうした安息日と呼ばれる日の一週間のうちでの位置づけのあり方が変化していくことになっていったと考えられることになります。

・・・

イエスと一緒にガリラヤから来た婦人たちは、ヨセフの後について行き、墓と、イエスの遺体が納められている有様とを見届け、家に帰って、香料と香油を準備した。婦人たちは、安息日には掟に従って休んだ

そして、週の初めの日の明け方早く、準備しておいた香料を持って墓に行った。見ると、石が墓のわきに転がしてあり、中に入っても、主イエスの遺体が見当たらなかった。そのため途方に暮れていると、輝く衣を着た二人の人がそばに現れた。

婦人たちが恐れて地に顔を伏せると、二人は言った。「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのかあの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。人の子は必ず、罪人の手に渡され、十字架につけられ、三日目に復活することになっている、と言われたではないか。」

(新約聖書「ルカによる福音書」23章55節~24章7節)

・・・

つまり、上記の新約聖書ルカによる福音書における記述においては、

イエス・キリストが人々の手によって十字架へとつけられたのち、そうした十字架の死から復活なされたのは、

ユダヤ教における安息日の次の日、すなわち、ユダヤ暦における「週の初めの日」にあたる日曜日であったということが語られていると考えられることになります。

そして、キリスト教においては、

こうした新約聖書の記述において記されている神を信じるすべての人々の罪を贖う救い主としてのイエス・キリスト十字架の死からの復活という神が人間に対して示された新たな契約に基づいて、

イエス・キリストが復活した日である日曜日が、人々がそうしたイエス・キリストの十字架の死と復活を心にとめて静かに祈りを捧げるべき聖なる日として位置づけられるようになっていき、

それに伴って、

こうした安息日と呼ばれる聖なる日も、土曜日から日曜日へと移されていくことになっていったと考えられることになるのです。

・・・

そして、以上のように、

こうしたユダヤ教キリスト教における安息日の曜日位置づけのあり方の違いについては、一言でいうと、

ユダヤ教においては、

旧約聖書において語られている神による天地創造の物語に基づいて、天地創造を成し遂げた神が休んだとされているユダヤ暦における第七の日にあたる神の安息の日である土曜日が安息日とされたのに対して、

キリスト教においては、

新約聖書において語られているイエス・キリスト十字架の死からの復活という神が人間に対して示された新たな契約に基づいて、イエス・キリストが復活した日である日曜日が安息日として位置づけられることになっていった考えられることになるのです。

・・・

次回記事:四旬節でキリストの苦難を思う祈りの期間が40日間続く理由とは?①新約聖書におけるキリストの荒野での40日の修行と断食

このシリーズの前回記事:安息日の語源とは?ヘブライ語で「休む」「止める」といった意味を表す言葉を語源とするシャバットとスペイン語の土曜日

 前回記事:XmasX’masが両方とも不適切な表記とされる可能性と英語におけるクリスマスの正しい表記のあり方、XmasX’masはどちらが正しい表記なのか?③

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