完全義務と不完全義務の違いとは?カントの倫理学における自己と他者の人格に対する二種類の義務のあり方の具体例

前回の記事で書いたように、普遍的な道徳法則に自らの意志で従って行動する義務を倫理学の中心にすえるカントの義務倫理学の思想においては、

人間の意志に基づく行為のあり方を無条件かつ絶対的に規定する命法の形式である定言命法と、そうした定言命法の形式に基づいて規定される普遍的な道徳法則、そして、そうした普遍的な道徳法則の存在を自らの心の内に見いだしていく実践理性という三つの概念に基づいて倫理学の体系が築かれていくことになると考えられるのですが、

こうしたカントの義務倫理学において道徳的な行為として人間に要請される具体的な義務のあり方は、1785年出版のカントの著作である『人倫の形而上学の基礎づけ』において、

完全義務不完全義務と呼ばれる二つの義務のあり方へと分けられたうえで、そうした二つの義務の概念がさらに他者の人格に対する義務自分自身の人格に対する義務という二つの観点から捉えられていくことになります。

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自己と他者の人格に対する完全義務のあり方の具体例

まず、

カントの義務倫理学における二つの義務のあり方のうちの前者である完全義務は、

人間がいかなる状況においても必ずその義務に従うことが求められていて、どのような場合でもその義務に反する行動をとることが一切認められないという、

いわば、厳格な意味における法的義務にあたるような義務のあり方を意味していると定義することができると考えられることになります。

そして、

こうした完全義務と呼ばれる義務のあり方の具体例としては、

他者の人格に対する完全義務の例としては、

例えば、

他者に対して嘘の約束や偽証をなすことによって相手の人格を侵害する行為や、直接的に相手に暴力を加えるあるいは相手の財産などを奪うことによって物理的に危害を加える行為などの禁止が挙げられることになり、

なかでも、そうした他者への加害行為を通じて相手の人格や命そのものの存在を完全に否定すること、すなわち、自分自身が直接的に手を下して人を殺してしまうことや、偽証などを通じて間接的に相手を死へと至らしめるような行為の禁止は、

人間として絶対にその義務に反する行動をとってはならない完全義務の最たるものとして挙げられることになると考えられることになります。

そして、それに対して、

自分自身の人格に対する完全義務の例としては、

他者の命や人格を完全に否定することとは反対に、自分自身の手によって自らの命と人格を否定すること、すなわち、自分自身の手によって自ら命を絶つ自殺にあたるような行為の禁止が挙げられることになり、

そうした行為は自らの人格に対する義務を完全に放棄してしまうという意味において、自分自身の人格に対する完全義務に反する行為として位置づけられることになるのです。

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自己と他者の人格に対する不完全義務のあり方の具体例

そして、

上述したカントの義務倫理学における二つの義務のあり方のうちの後者である不完全義務は、

どのような状況にある人間においてもなるべくその義務に従うことが求められてはいるものの、完全義務の場合ほどにはその義務の徹底的な履行は強制されているわけではないという、

いわば、一種の努力義務にあたるような義務のあり方を意味していると定義することができると考えられることになります。

例えば、

他者の人格に対する不完全義務の例としては、

相手の人格や人間性をできる限り尊重してあげること、すなわち、他者の人格的な成長や幸福の実現をできる限り手助けしていくために、自分ができる範囲助言や助力などを惜しみなく与えるといった行為が挙げられることになるのに対して、

自分自身の人格に対する不完全義務の例としては、

それとは反対に、自分自身の人間性や人格を最大限に進展されていき、その能力を最大限に発揮していくために、怠惰な時を長く過ごすことなく、自らの時間や労力の許す限りなるべく多くの勉学や能力の研鑽に努めるといった行為が挙げられていくことになるのです。

・・・

以上のように、

こうした完全義務不完全義務と呼ばれるどちらの義務の場合においても、それは、定言命法に基づく普遍的な道徳法則によって規定されている義務である以上、

そうした義務に従うこと自体は、無条件かつ絶対的に善なる行為として位置づけられることになるのですが、

両者の間には、

それぞれの義務が履行されるべき優先度の順位と、普遍的な道徳法則としての重大さの度合い大きな違いを見いだしていくことができると考えられることになるのです。

・・・

次回記事:「我が上なる星空と、我が内なる道徳律」カントの倫理学の終幕を飾る言葉が示す被造物と叡智者としての人間の存在の二重性

前回記事:義務倫理学とは何か?カントの倫理学における定言命法と道徳法則と実践理性の三位一体の関係

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