「同一視」の過程において他者への愛情が憎しみへと反転していく原理と二重の心理的過程において進行していく自我の防衛機制のあり方、防衛機制とは何か?⑧
このシリーズの初回から前回までの記事で詳しく考察してきたように、
現実の社会生活において生じる様々な心理的ストレスに対応して構築されていくことになる自我の防衛機制の仕組みにおいては、
現実に対する自我自身の認識のあり方が変化していくことによって、自分自身の心の防衛が行われていくことになります。
そして、
そのなかでも、特に、前々回取り上げた「投射」と「投影」、そして、前回取り上げた「同一化」と「同一視」と呼ばれる自我の働きにおいては、
自己と他者との境界のあり方までもが変化していく形で、そうした認識のあり方の変容がもたらされていくことになるのですが、
こうした「投影」や「同一視」といった自我の防衛機制のあり方からは、本来は自我自身の内に存在する欲求が性質のみに基づいて他者への憎しみの感情や攻撃衝動が生み出されていくことになるといった、
人間の心の内に存在するより複雑な心理構造を読み解いていくことができると考えられることになります。
「投影」と「同一視」において生じる他者に対する愛憎の感情
まず、
こうした「投影」や「同一化」と呼ばれる心の働きのうちの前者である投射あるいは投影(Projection)においては、
主に、自らの心の内に存在する自分自身にとっては受け入れがたい欲求や負の感情などが無意識の内に相手の側へと転嫁されていくことになるので、
こうした「投影」と呼ばれる自我の防衛機制の働きにおいては、言わば、そうした他者の存在がスケープゴートとされることによって、自分自身の人格の負の側面が投げ入れられた相手に対して憎しみの感情などが向けられていくことになるのは、ある程度当然の心理的過程として捉えられることになると考えられることになります。
それに対して、
後者である同一化あるいは同一視(Identification)については、それは前回の記事で詳しく考察したように、
他者の性質を自分自身の人格の内へと受け入れる「取り入れ」や「摂取」と呼ばれる心の働きが最大限に高められることによって、
自分が理想とする優れた性質などを持った他者に対して、自分自身の人格を直接的に重ね合わせていくことを通じて自分自身の価値を高めていこうとする心の働きであると考えられることになるので、
そうした自分自身の自我が理想とする性質を持った他者に対しては、通常の場合は、強い愛情や尊敬の念といった正の感情が向けられていくことになるのですが、
その一方で、
こうした「投影」と呼ばれる自我の防衛機制の働きにおいても、そうした自らが理想としているはずの他者に対する感情が、強い憎しみや攻撃衝動へと反転していってしまうケースが存在すると考えられることになります。
「同一視」の過程において他者への愛情が憎しみへと反転していく原理と二重の心理的過程において進行していく自我の防衛機制のあり方
前述したように、心理学における自我の防衛機制としての「同一視」の過程においては、自分自身の人格と対象となる他者の人格とが重ね合わさっていくような形で、対象となる相手の性質が全面的な形で自らの人格の内に取り入れられていくことになるわけですが、
それによって最終的に、当人の自我認識においては、相手そのものの人格を飲み込んでしまうような形へと至るまで自我の領域が大きく増大していってしまうことになると考えられることになります。
そして、
このような「同一視」の過程を経ることによって、いったん自らの自我の領域の内へと対象となる相手の存在が完全に取り込まれてしまった後になって、
そうした「同一視」の対象とされた相手が、自分自身の自我が理想とするイメージとは異なる性質を示すような行動や態度を見せてきた場合には、
その人は自分自身の自我認識においては、自らの人格を否定されるのと同等のダメージを受けることになってしまうと考えられることになり、
そのようなケースでは、
そうした「同一視」の過程において自分が相手に対して抱いていた強い愛情や尊敬の念の反動として、それまで深く心酔していたはずの人物に対して、急に猛烈な敵意や憎しみの感情を抱くような事態へとつながってしまうこともあると考えられることになるのです。
・・・
そして、このように考えていくと、
こうした「同一視」の過程においては、人は単に現実に存在する他者の性質をそのまま自分自身の人格の内へと受け入れているわけではなく、
むしろ、自分自身が理想とする性質をそうした他者の存在の内に見いだすことによって、もともと自らの心の内にあった自我理想の観念を反芻するような形で自らの人格の内へと取り入れ直しているとも捉えることができると考えられることになります。
つまり、より正確に言うならば、
こうした「同一視」や「同一化」と呼ばれる心の働きは、
まずは、自我自身が理想としている人格のあり方が、対象となる他者の存在の内へと「投影」されたうえで、
今度は、そうした自分自身の自我理想が投影された対象である理想化された他者の虚像に対して、自分自身の人格が重ね合わせられていくことになるという
二重の心理的過程において進行していく自我の防衛機制の働きとして捉えることができると考えられることになるのです。
・・・
次回記事:自虐とマゾヒズムの違いとは?心理学における自我の防衛機制の働きに基づく感情の方向性の転換と欲望の質的な変化
前回記事:心理学における「同一化」と「同一視」の定義と自我の防衛機制における「取り入れ」が最大限に高められた自我認識のあり方、防衛機制とは何か?⑦
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