おみくじの語源は?おみくじはどこで作られているの?

お正月に神社にお参りに行くと、多くの人がおみくじを引きますが、
そもそも、おみくじは、なぜ「おみくじ」というんでしょうか?

また、どの神社のおみくじも、同じ運勢なら同じことが書かれているんでしょうか?
つまり、おみくじは、どこかで一括して作られているのでしょうか?
それとも、各神社で独自に作っているんでしょうか?

おみくじに関するさまざまな疑問、調べてみました。

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おみくじという言葉の語源は何なの?

「おみくじ」という言葉は、「くじ」という言葉に、丁寧を表す敬語の接頭辞「御(お)」と「御(み)」がダブルで付いたものです。

似たような例として、
「輿(こし)」が「御輿(みこし)」になり「御御輿(おみこし)」なった例があります。
「御御足(おみあし)」もそうですね。

では、「くじ」のほうの語源は何か、
調べて見ると、いろいろ出てきました。

●「串(くし)」から転化したという説。
くじ引きの代表的な方式として、細長い棒(竹製が多い)がたくさん入った筒状の箱から1本を選び取り、その棒に書かれている番号と同じ番号の「みくじ箋(みくじせん)」を受け取る、というやり方があり、その際に使われる細長い棒を「くし」とよび、それが転化して「くじ」になったという。

●「抉る(くじる)」が転じたとする説。
抉る(くじる)とは、穴や箱の中に手や物をさし込んでかき回したり中から物を取り出すことをいう。くじを引き当てる様子を抉る(くじる)と言い表し、それが転じて「くじ」になったという。

●「公事(くじ)」が転じたとする説。
公事とは、裁判や訴訟のことを意味し、くじ引きの結果は神仏による審判である、と考えたことから、公事がくじになったという。

どれも、もっともらしい説に思われますが、あなたはどの説がしっくりきますか?

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おみくじはどこで作られてるの?

さて、「おみくじ」は、どこで作られているのでしょうか?

現在、おみくじを製造している神社は、全国で6社あります。

そのなかでも、最も大きなシェアを占めているのが、山口県の周南市にある、二所山田神社(にしょやまだじんじゃ)です。
二所山田神社というのは、明治時代に、二所神社と山田神社が合併してできたからそういう名前になったんだそうです。

その二所山田神社の宮司だった宮本重胤(みやもと しげたね)氏が、
女性の自立のために「敬神婦人会」という全国組織を設立し、
明治39年(1906年)に、女性解放運動を推進するための機関誌『女子道』を発刊しました。

そこで、その機関紙の費用を捻出するために宮本重胤氏が考え出したのが「おみくじ」だったのです。
そして、そのおみくじを製造するために「女子道社」という有限会社が創設されたのです。

現在、女子道社が製造しているおみくじは、全国のおみくじの、なんと約70パーセントと、ダントツの市場占有率を誇っています。

おみくじを引くのは男性の31パーセント、女性の39パーセント、というアンケート結果があります。

おみくじを引く明治時代の男女比率が現代とそう変わらなかったとものとするならば、
当時の女性は、男性よりも多くおみくじを引くことによって、女性解放運動を無意識のうちに応援していた、といえるかもしれませんね。

ちなみに、おみくじの自動頒布機を考案したのも二所山田神社の子会社、女子道社です。大正時代に実用新案の登録をしています。

まとめ

おみくじという言葉の語源は、「串(くし)」から転化したという説、「抉る(くじる)」が転じたとする説、「公事(くじ)」が転じたとする説、などがあります。

おみくじを製造している神社は、山口県の二所山田神社で、明治時代に同社の宮司が「おみくじ」を考え出しました。

おみくじを製造するために設立された女子道社のおみくじの市場占有率は約70パーセントを占めています。

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