トロイアとイリアスの違いとは?古代ギリシア神話におけるトロース王とイーロス王の父と子の物語
古代ギリシアにおけるエーゲ文明を代表する三つの文明としては、ミノア文明(クレタ文明)とミケーネ文明のほかに、もう一つ、シュリーマンによって発見されたトロイア文明が有名ですが、
その一方で、古代ギリシアの詩人ホメロスによって作られたと伝えられている長編叙事詩である『イリアス』と『オデュッセイア』においては、
こうしたトロイアの地で起きたとされるギリシア軍とトロイア軍との間の十年にもおよぶ大戦争であるトロイア戦争の前後の物語が主題となっているにもかかわらず、なぜか『トロイア』ではなく『イリアス』という題名が用いられています。
それでは、こうしたトロイアとイリアスという二つの言葉には、具体的にどのような意味の違いがあると考えられることになるのでしょうか?
古代ギリシア語におけるトロイアとイリアスの語源的な意味の違い
そうすると、まず、
こうしたトロイアとイリアスという言葉は、それぞれ古代ギリシア語においては、Τροία(トロイアー)とἸλιάς(イーリアス)と表記されることになり、
前者のΤροίαという古代ギリシア語は、そのままシュリーマンによって発見されたトロイア文明の発祥地であるトロイアという地名そのもののことを意味するのに対して、
後者のἸλιάςという古代ギリシア語は、Ἴλιος(イーリオン)という名詞に、-άς(アス)という接尾辞が結合することによってできた言葉であると考えられることになります。
そして、こうした古代ギリシア語における-άς(アス)という接尾辞は、その接辞が付属することになる名詞や動詞の土台や実体となるより基底的な存在や集団などを表す時に用いられる接尾辞にあたり、
具体的には、「イリオンの地」あるいは「イリオンの歌」といった意味で、こうしたホメロスの叙事詩における『イリアス』という言葉が用いられていると考えられることになるのです。
古代ギリシア神話におけるトロース王とイーロス王の父と子の物語
それでは、
古代ギリシア神話の物語のなかでは、こうしたトロイアとイリオンという二つの言葉は、どのような形で言及がなされていくことになるのでしょうか?
古代ギリシア神話においては、こうしたトロイアやイリオンと呼ばれる地域は、もともとこの地を流れる川の神であったスカマンドロスの息子であるとされるテウクロス王によって治められていたとされていて、
この地を流れるスカマンドロス川には、その水に浸した女性の髪や羊毛を黄金に染める力があるとも伝えられていて、トロイア人たちから深く信仰されていくことになります。
そしてその後、
ゼウスの息子でもあったダルダノスがこの地を訪れた時に、テウクロス王の娘であったバテイアと結婚して、この地に自らの名を持つダルダノスという都市を築くことによって、ダルダノスはトロイア王家の祖として君臨することになります。
そしてその次に、トロイアの王位は、ダルダノスの息子であったエリクトニオス、そしてさらにその息子にあたるトロースへと継承されていくことになり、
トロース王は、それまでは王家の祖であるダルダノスの名にちなんでダルダニアと呼ばれていたこの地を、自分の名にちなんで改めてトロイアと名づけることになります。
そしてさらにその後、
トロース王の息子であったイーロスが王位に就くと、彼が現在のトルコの中西部にあたるフリギアの地で行われた競技会においてレスリングの闘いに勝利して、その賞として五十人の少年とそれと同数の少女そして斑(まだら)の牝牛とを与えられた時、
その斑の牝牛の歩みを追って行って、この牝牛が横になったところに都市を建てるべしという神託の言葉が下されたため、
イーロス王は、その神託の言葉にしたがって、自らの父であるトロース王がそれまで治めていたトロイアの地に、自らの名にちなんだイリオンという都市を建設することになるのです。
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以上のように、
こうしたトロイアとイリオンという二つの言葉は、もともとは、この地を治めていたトロースとイーロスという二人の王の名に由来する言葉であると考えられ、
古代ギリシア神話に基づく正式な意味においては、
前者のトロイアとはトロース王が治めていた土地の名前のことを意味するのに対して、
後者のイリオンとはイーロス王が建設した都市の名前のことを意味するという点に具体的な意味の違いがあると考えられることになります。
そして、そういった意味では、
こうしたトロイアの地を舞台としたホメロスの長編叙事詩は、
かつてトロイアの地にあったイリオンという名の都市の興亡をめぐるギリシア人とトロイア人との戦いの物語が歌われている詩であるという意味において、
「イリオンの歌」といった意味を表す『イリアス』という題名がつけられることになったと考えられることになるのです。
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