脳細胞の同一性に基づく自己の同一性の規定と子供の段階と大人の段階における自己の同一性の断絶の問題
前回の記事で書いたように、一人の人物としての人間の同一性や自己の同一性といった問題について、人間の身体を構成している個々の細胞を基準とした肉体的な面から考えていく場合、
身体を構成している大部分の細胞が新しい細胞へと入れ替わってしまうことになる6年ほどの時が経過した後では、その人物は6年前の元の人物とはまったく異なる別の人間になってしまっているとも解釈していくことができると考えられることになるのですが、
その一方で、人間の本質となる部分については、そうした短い期間のうちに次々と入れ替わっていってしまう身体を構成する大部分の細胞ではなく、
そうした大部分の細胞の司令塔にあたる脳によって規定されていると考えていくこともできると考えられることになります。
脳細胞の同一性に基づく自己の同一性の規定
そうすると、まず、
冒頭で述べたように、人間の本質となる部分が身体を構成する大部分の他の細胞ではなく、その司令塔にあたる脳の働きによって規定されていると考える場合、
そうした脳と呼ばれる人間の神経系の中枢にあたる部分を構成している神経細胞は、胎児から小児までの段階、年齢で言うと、0歳から15歳ごろまでの段階で分裂と分化を伴う増殖活動を終えたのち、
その後の段階における成人の脳では、そうした小児期などにおける神経細胞の分裂と分化はほとんど見られなくなっていくと考えられることになります。
つまり、そういった意味では、
その人物がどのような人間であるのか?ということを決める人間の本質が脳の働きによって決められることになると考えた場合、
脳を構成している一つ一つの脳細胞は、小児期を過ぎるとほとんど新しい細胞へと入れ替わっていくことがなく、基本的には、同じ脳細胞が一生を通して持続的に働き続けることになるとも考えられることになるため、
人間の本質としての自己の同一性は、少なくとも、そうした小児期を過ぎた成人の段階においては、ほとんど入れ替わることがないと考えられる脳細胞の同一性によって規定されることになると捉えていくこともできると考えられることになるのです。
子供の段階と大人の段階における自己の同一性の断絶
しかし、その一方で、
こうした脳細胞の同一性によって、その脳を持つ人間の同一性を規定しようとする場合、前述したように、
脳における神経細胞の分裂と分化が終わる前の段階にあたる小児の段階と成人の段階では、脳細胞の構成のあり方に大きな違いが生じていってしまうことになると考えられることになるため、
そうした子供の段階と大人の段階において、人間はまったく異なる別の人物になってしまっているとも解釈していくことができるという問題が生じていくことになるとも考えられることになります。
また、
そもそも、最近の神経学の研究では、成人以降の段階になっても、人間の脳では、一定の割合で新しい神経細胞が形成されることがあると考えられているほか、
それとは反対に、20歳を過ぎると1日に10万個くらいのペースで脳細胞が死滅していくことも分かっているため、
厳密な意味においては、脳の神経細胞の分裂と分化の大規模な活動が終わりを迎える成人以降の段階においても、脳を形成している脳細胞の構成は完全に同じ状態にあるとまでは言い切れないと考えられることになります。
したがって、
こうした人間の身体を構成している大部分の細胞の司令塔にあたる脳を構成している脳細胞の同一性といった物質的な側面からだけでは、
人間が誕生してから寿命を全うして死んでいくまでの間に、成長や老化を経ていくなかでも変わることがなく維持されていくことになる一人の人間としての自己の同一性というものを規定していくことはできないと考えられることになるのです。
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次回記事:記憶の連続性に基づく自己の同一性の規定とその問題点および脳の内部に蓄積される情報の同一性としての記憶の同一性の定義
前回記事:テーセウスの船と人間の同一性との関係と身体を構成する個々の細胞を基準とした肉体的な面における自己の同一性の解釈
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