国内での感染症の流行にパンデミックという表現を用いるのは間違いなのか?WHOの6つのフェーズを基準とする定義
パンデミックという言葉は、スペイン風邪や新型インフルエンザの流行などのように、主に、ウイルスや細菌などの病原体による感染症の世界的な大流行のことを指して用いられることが多いと考えられることになりますが、
その一方で、より日常的な表現においては、こうしたパンデミックという言葉は、必ずしも世界全体での流行だけではなく、国内での大規模の感染拡大などのことも指して用いられているケースも散見されることになります。
それでは、こうした国内での感染症の流行のあり方のことを指してパンデミックという表現を用いることは間違った表現であると考えられることになるのでしょうか?
WHOの6つのフェーズを基準としたパンデミックの定義
そうすると、まず、
国際的な感染症対策を司る国連の専門機関であるWHO(世界保健機関)においては、こうしたパンデミックと呼ばれる概念は、感染症の流行の段階のあり方を示す以下のような6つのフェーズを基準として定義されることになります。
フェーズ1:動物から人間に感染する可能性があるタイプのウイルスが検出された段階
フェーズ2:動物から人間に感染する危険性が高いタイプのウイルスが検出された段階
フェーズ3:限られた集団内での人間への散発的な感染例が見られるが、人間同士での継続的な感染の連鎖は発生していない段階
フェーズ4:人間同士での継続的な感染の連鎖が発生していて、地域社会での感染が拡大している段階
フェーズ5:WHOの1つの※管轄地域に属する複数の国家において地域社会での感染拡大が進行している段階
フェーズ6:WHOの2つ以上の管轄地域に属する多数の国家において大規模な感染拡大が進行している段階
※WHOの定義では世界各国は、アフリカ、アメリカ、東地中海(エジプトや中東諸国)、ヨーロッパ、東南アジア、西太平洋(日本や中国やフィリピン)という6つの管轄地域に区分されている。
そして、
WHOの定義では、こうした感染症の流行における6つのフェーズのうちの最後の段階であるフェーズ6にあたる複数の大陸にまたがる多数の国家における大規模な感染拡大という状況のみがパンデミックと呼ばれることになるので、
そういった意味では、
そうした複数の大陸にまたがる多数の国家における大規模な感染拡大といった状況ではなく、一つの国家での出来事に過ぎない国内での急激で大規模な感染拡大の状況のことを指してパンデミックという表現を用いるのは、
こうしたWHOの6つのフェーズを基準としたパンデミックの定義に基づく限りにおいては、あまり適切な表現とは言えないと考えられることになるのです。
国内での感染症の流行状況のことを指してパンデミックという表現を用いることが必ずしも間違いとは言えない理由
しかし、その一方で、
こうした英語におけるパンデミック(pandemic)という単語は、その言葉自体の大本の語源となる意味においては、
もともと、古代ギリシア語において、「すべての」「あらゆる」といった意味を表す限定詞にあたるpan(パン)と、「人々」「国民」といった意味を表す名詞であるdemos(デーモス)が結びついてできた言葉であると考えられることになります。
そして、
こうしたパンデミックという言葉自体の古代ギリシア語に由来する語源的な意味に基づくと、この言葉は、必ずしも、世界全体における大規模な感染拡大のことを意味するだけではなく、
一つの国家における「すべての人々」「あらゆる国民」に対して感染の危機が迫っているという意味で、こうしたパンデミックという言葉を用いることもそれほど不自然な表現ではないとも考えられることになります。
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以上のように、
WHOの6段階のフェーズの基準に基づく国際的な専門用語としてパンデミックという言葉を用いる場合には、この言葉は、複数の大陸にまたがる多数の国家における大規模な感染症の流行状況のことだけを意味することになるのに対して、
古代ギリシア語に由来するパンデミックという言葉自体の本来の意味に基づくと、
国内での感染症の流行においても、国内のあるゆる地域における多くの人々へと大規模で普遍的な感染が広がっている状況のことを指して、
こうしたパンデミックという表現を用いること自体は、必ずしも間違いとは言えないとも考えられることになるのです。
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