本間先生の言葉と馮二斉の手紙の文面の関係と琵琶丸とブラック・ジャックという二人の異端の医師の再会

前回前々回の記事で書いたように、

手塚治虫ブラック・ジャックにおいては、生命の神秘人間の命の尊厳のあり方について語るブラック・ジャックの恩師である本間丈太郎の言葉として

人間が生きものの生き死にを自由にしようなんて、おこがましいとは思わんかね」という言葉が度々登場することになります。

ちなみに、似たようなことを語っていると思われる記述が現れる箇所は、『ブラック・ジャック』の作中において他にも見られ、

例えば、「湯治場の二人」と題されるエピソードの中でも、話の最後の部分に、そうした本間先生が語っているのと同じような死生観が出てくることになります。

そして、そこでは、本間先生の言葉ではなく、ブラック・ジャックが手にするメスを鍛え上げる刀鍛冶の名工である馮二斉(ひょうじさい)の言葉として、かつて本間先生が語っていたのと同様の仏教の悟りや諦観にも通じるような死生観が改めて示されることになります。

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琵琶丸とブラック・ジャックという東西の二人の名医の再会

湯治場の二人」(『ブラック・ジャック』秋田書店、新書版第12巻、第109話、93頁~)の回では、

山奥の湯治場を訪れていたブラック・ジャックが、琵琶丸という名の盲目の鍼灸術師と偶然再会するシーンから物語が始まることになります。

そして、

東洋医学西洋医学という同じ医学でも互いにまったく異なる医の道を歩みながらも、互いに相手をそれぞれの道に精通した名医として認め合う琵琶丸ブラック・ジャックの二人は、

類は友を呼び、天才は天才を知るというように、二人それぞれにとっての以前からの知り合いであったもう一人の天才である刀鍛冶の名工馮二斉のもとを訪れることになります。

メスも針も両方とも金属でできた道具である以上、その道具を鍛え上げるために鍛冶職人の名工の腕が必要になるということです。

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馮二斉の手紙の文面と本間先生が残した言葉との関係

そして、

「これが最後のお引き受けになるかもしれない」という意味深な言葉をつぶやきながら仕事へと取りかかる馮二斉の手によって、二人の名医たちの道具は、その腕を存分に振るうことができるだけの完璧な状態へと鍛え上げられることになるのですが、

二人がそれぞれに自分の道具を受け取り、この名工のもとを去ろうとしたその時、最後の仕事を終えた馮二斉は突然倒れてしまうことになります。

そこで、

琵琶丸という東洋医学の名医ブラック・ジャックという西洋医学の天才が二人で束になってこの刀鍛冶の名工の命の蘇生を試みることになるのですが、

二人の名医の奮闘も虚しく、馮二斉はそのまま息を吹き返すことなく亡くなってしまうことになります。

そして、

今は亡き名工の亡骸の埋葬を終えたのち、再び馮二斉の家と戻ってきたブラック・ジャックは、残された遺品の中に、死の直前に琵琶丸とブラック・ジャックの二人にあてて書かれたと思われる以下のような文面が記された馮二斉の手紙を見つけることになります。

天地神明に逆らうことなかれ
おごるべからず
生き死にはものの常なり
医の道はよそにありと知るべし

馮二斉

そして、馮二斉が残したこの手紙の文言に対して、

鍼灸師にして東洋医学の名医である琵琶丸は「この意味がわかったときにはまた会いましょう」と語り、

それに対して、西洋医学の天才であるブラック・ジャックは、「わたしには一生わからないかもしれない。わたしには切るだけが人生なんだ」という言葉を残してその場を後にし、

二人の名医が互いに自分自身が歩むべき道へと再び戻っていくところでこの回の話は結末を迎えることになるのです。

・・・

以上のように、

湯治場の二人における馮二斉の手紙にある「天地神明に逆らうことなかれ。おごるべからず。生き死にはものの常なり。医の道はよそにありと知るべし」という言葉は、

「ときには真珠のように」「本間血腫」において語られている本間先生の「人間が生きものの生き死にを自由にしようなんて、おこがましいとは思わんかね」という言葉と同様の含みを持つ言葉であり、

それは両方とも、人知を超えた生命の神秘命の尊厳、さらには、自分自身人間全体、そしてあらゆる生きものの生き死にのすべてを神仏または自然そのものからもたらされる全体的な流れや天命のようなものとして受け入れるような仏教の悟りや諦観にも通じるような死生観を提示している言葉であると考えられることになります。

そして、特に、今回取り上げた「湯治場の二人」の回の最後の部分で、馮二斉が得たとする達観に対して、

琵琶丸が「この意味がわかったときには…」と語り、それに対して、ブラック・ジャックは「わたしには一生わからないかもしれない…」と語っているところからは、

馮二斉本間先生が語っている仏教の悟りや諦観にも通じるような死生観に対する東洋医学と西洋医学というそれぞれの医学の立場から見た距離感の違いのようなものが示されているとも考えられることになるのです。

・・・

次回記事:「ちぢむ!!」で描かれる自然の摂理に背いても命を救い続けるブラック・ジャックの心の叫びと神から人間への警告としての病気

前回記事:「本間血腫」における本間先生の言葉の意味と人間の命の尊厳、『ブラック・ジャック』の本間先生の言葉②

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