「見るために生まれ」塔守のリュンコイスの詩で歌われる世界の美しさ、リュンコイスの詩①、『ファウスト』の和訳⑧
ゲーテの『ファウスト』の物語において、主人公であるファウストは、最愛の女性グレートヘン(本名マルガレーテ)との悲劇の別れの後、
時空を超えて神話や古典の世界を旅していく中で、ギリシア神話の登場人物である美女ヘレナとも出会うことになるのですが、
そうした地上と天上の世界のすべての美しい物事を見つくしたファウストは、
最終的に、自らの手によって世界を変革し、地上に新たな理想郷を建設することによって自らの心に適った最も美しい世界を創り出すという新たな世界の創造の内へと自らの生きる道を見いだしていくことになります。
そして、そうしたファウストの手による新たな世界の創造の最中、物語も終わりが近づく『ファウスト』の第二部の第五幕「深夜」の章では、
夜中に塔守の見張り番をしていたリュンコイスが自分の目に映る世界の美しさを自らの言葉によって高らかに歌い上げていくという印象的な場面がでてきます。
「見るために生まれ」という一文ではじまるこのリュンコイスの詩は、シンプルで短い文の連なりでありながら、美しい韻律によって世界の美しさが力強く謳い上げられていて、
この詩は、『ファウスト』の作中に出てくる数々の詩の中でも、一二を争う美しい調べをもった詩となっています。
「見るために生まれ」ではじまる塔守のリュンコイスの詩のドイツ語原文
『ファウスト』の第二部、第五幕の「深夜(Tiefe Nacht、ティーフェ・ナハトゥ)」の章では、塔守のリュンコイスが自分の目に映る世界の美しさを城の高台の上から高らかに歌い上げる場面がでてきますが、
こうした「見るために生まれ」という印象的なフレーズではじまるリュンコイスの詩の前半部分は、ドイツ語の原文では以下のように記されています。
・・・
Lynkeus der Türmer
(auf der Schlosswarte, singend)
Zum Sehen geboren,
Zum Schauen bestellt,
Dem Turme geschworen
Gefällt mir die Welt.
Ich blick in die Ferne,
Ich seh in der Näh,
Den Mond und die Sterne,
Den Wald und das Reh.
So seh ich in allen
Die ewige Zier
Und wie mir’s gefallen
Gefall ich auch mir.
Ihr glücklichen Augen,
Was je ihr gesehn,
Es sei wie es wolle,
Es war doch so schön!
(Pause.)
塔守のリュンコイスの詩の前半部分のドイツ語文と日本語文の対訳
そして、次に、上記のドイツ語原文を、発音とアクセントの目安を併記したうえで、ドイツ語原文と日本語との対訳形式で一行ずつ訳していくと以下のようになります。
※ただし、ドイツ語文で強調して読まれるアクセントの目安については、ドイツ語文の下に記した発音を示すカタカナ表記を太字で記すことによって示すこととし、
日本語の訳文を書いた後の※印の部分でところどころ簡単な文法上の注釈を付記している箇所があります。
また、ドイツ語文と日本語文との対訳関係がより分かりやすくなるように、日本語文の訳文において重要な意味を担う箇所を太字で記したうえで、それに対応するドイツ語文の箇所も太字にする形で記しています。
・・・
Lynkeus der Türmer
(リュンコイス・デア・テュルマー)
塔守のリュンコイス
(auf der Schlosswarte, singend)
(アオフ・デア・シュロスヴァルテ・ズィンゲントゥ)
(城の高台の上に立って歌う)
Zum Sehen geboren,
(ツム・ゼーエン・ゲボーレン)
見るために生まれ、
Zum Schauen bestellt,
(ツム・シャオエン・ベシュテルトゥ)
見ることを定められ、
Dem Turme geschworen
(デム・トゥルメ・ゲシュヴォーレン)
この塔に誓いを立て、
Gefällt mir die Welt.
(ゲフェルトゥ・ミア・ディ・ヴェルトゥ・)
世界は私の心に適(かな)っている。
Ich blick in die Ferne,
(イヒ・ブリック・イン・ディー・フェルネ)
遠くへと目を向けていると、
Ich seh in der Näh,
(イヒ・ゼー・イン・デア・ネー)
すべてのものが近くに見えてくる。
Den Mond und die Sterne,
(デン・モーントゥ・ウントゥ・ディー・シュテルネ)
月も星も、
Den Wald und das Reh.
(デン・ヴァルトゥ・ウントゥ・ダス・レー)
森も小鹿も。
※Reh:ノロジカ(体長1m程度の夜行性の小型の鹿)
So seh ich in allen
(ゾー・ゼー・イヒ・イン・アレン)
Die ewige Zier
(ディー・エーヴィゲ・ツィア)
こうして私はすべてのものの内に永遠の飾りを見るのだ。
※Zier=Zierde:飾り、装飾、誇り、誉れ、鑑
Und wie mir’s gefallen
(ウントゥ・ヴィー・ミアス・ゲファレン)
そして、すべてのものが私の心に適っているように、
※mir’s はmir esの短縮形。
Gefall ich auch mir.
(ゲファル・イヒ・アオホ・ミーア)
私自身もまた私の心に適っている。
Ihr glücklichen Augen,
(イーア・グリュックリッヒェン・アオゲン)
お前たち、幸運なわが目よ。
Was je ihr gesehn,
(ヴァス・イェー・イーア・ゲゼーン)
お前たちが見てきたものは、
Es sei wie es wolle,
(エス・ザイ・ヴィー・エス・ヴォレ)
それが何であれ、
※wolleは助動詞wollenの接続法Ⅰの形で、ここでは「~であろうと」といった譲歩や認容の意味を示す表現として用いられている。
Es war doch so schön!
(エス・ヴァール・ドホ・ゾー・シェーン)
すべてがじつに美しかった。
(Pause.)(パオゼ、小休止)
「見るために生まれ」ではじまる塔守のリュンコイスの詩の全文和訳
そして最後に、上記のドイツ語文と日本語文の対訳の中から、和訳の部分だけを抜き出して、目で見る世界の美しさが語られているリュンコイスの詩の全文和訳を記す形でまとめ直していくと、それは以下のようになります。
・・・
見るために生まれ、
見ることを定められ、
この塔に誓いを立て、
世界は私の心に適(かな)っている。
遠くへと目を向けていると、
すべてのものが近くに見えてくる。
月も星も、森も小鹿も。
こうして私はすべてのものの内に永遠の飾りを見るのだ。
すべてのものが私の心に適っているように、
私自身もまた私の心に適っている。
お前たち、幸運なわが目よ。
お前たちが見てきたものは、
それが何であれ、
すべてがじつに美しかった。
・・・
次回記事:リュンコイスの詩の後半部分で歌われる見えることの災いと苦しみ、リュンコイスの詩②、『ファウスト』の和訳と解釈⑨
前回記事:ファウストが最愛の人マルガレーテに語る神と信仰をめぐる詩の全文和訳と対訳とドイツ語の発音、『ファウスト』の和訳⑦
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