王女ナウシカと英雄オデュッセウスの恋愛と友愛、ギリシア神話の王女ナウシカと風の谷のナウシカの関係とは?②
前回書いたように、古代ギリシアの長編叙事詩である『オデュッセイア』においては、その物語の後半部分において、
海の女神であるカリュプソのもとを離れたギリシアの英雄オデュッセウスが、パイアキア人が住む島国であったスケリア島へと漂着し、
その地で、快活で思慮深い女性であったパイアキア人の王女ナウシカと出会うことになるのですが、
『オデュッセイア』においては、そうした王女ナウシカと英雄オデュッセウスとの出会いと別れの場面は、以下のような形で描かれていくことになります。
『オデュッセイア』における王女ナウシカと英雄オデュッセウスの出会い
「瀕死の状態でパイアキア人の島に打ち上げられたオデュッセウスは、一糸もまとわない状態ですぐ近くの森の中へと倒れ込むと、木の葉を臥所として眠り込んでしまいました。」
「ナウシカの一行が近くに来たことで目を覚ましたオデュッセウスは、そこから出て行って助けを請おうと、葉の生い茂った木の枝を折り、それで身を隠しながら茂みから彼女たちのもとへと歩み寄っていくのですが、その様子を目にした乙女たちは慌てふためいて、等しく方々へと逃げ去って行ってしまいます。」
「しかし、ただ一人、勇気と判断力に優れたナウシカだけは裸のオデュッセウスの姿を見ても逃げ出さずに、彼の話に静かに耳を傾けると、彼女はこの不幸な漂流者に食べ物と着る物を与えて優しく介抱してあげることにしたのです。」
(『ギリシア・ローマ神話』ブルフィンチ作・野上弥生子訳、318~320頁、参照。)
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ちなみに、こうしたナウシカとオデュッセウスの出会いの場面において、オデュッセウスは、自分のみすぼらしい姿を目にしても逃げ出したりせずに、こちらの方を真っ直ぐに見つめ返してくるナウシカに対して、
「あなたが王女なのか女神なのか私には分かりませんが」
と語りかけていますが、
こうしたオデュッセウスの言葉からも、王女ナウシカは、
強国トロイアを打ち破り、海の怪物や巨人たちを打ち負かしてきたギリシアの英雄オデュッセウスを前にしても一切ひるんだり動じたりすることもなく、堂々と渡り合うことができる威厳と、常に状況を見極めて冷静に正しい判断を下していくことができる鋭い洞察力と優れた判断力とを兼ね備えた
知恵の女神アテナのように思慮深く気高い女性であったということをうかがい知ることができると考えられることになります。
別れの時に際して王女ナウシカがオデュッセウスの心の内に残したもの
そして、
オデュッセウスの内にもそうした知性と勇敢な心を見いだしたナウシカは、次第に彼に対して好意以上の深い感情を抱くようになり、
彼のことを王宮へと招き入れてしばらくの間二人で暮らしたのち、自らの父であるアルキヌス王にオデュッセウスとの結婚を願い出ると、アルキノオスもこれを認め、
オデュッセウスは、このまま王宮にとどまって、ナウシカを妻として、スケリアの地を治める王となるように強く要請されることになります。
しかし、その後、
オデュッセウスがついに自らの素性を明かし、請われるがままに、トロイアを出立してからこの地へとたどり着くまでの数々の冒険や悲劇の話について語り出すと、
オデュッセウスには帰るべき故郷と、そこで待っているはずの妻と子がいて、彼自身もその地へと帰り着くことを望んでいることを知った王女ナウシカは、彼のことを無理に引きとめようとはせずに、
オデュッセウスが無事自らの故郷であるイタケへと帰り着くことができるようにと、彼のために丈夫な船をととのえ、船上を数々の貴重な贈り物で満たすことによって、彼の出立を心から祝福してあげることにします。
そして、
オデュッセウスとの別れの時に際して、王女ナウシカは、
「わたしのことを忘れないでいてください。わたしはあなたに新しい命を与えたのですから。」
という一言を残して、彼のことを精いっぱいの笑顔で送り出してあげることにするのです。
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そして、その後、
無事に故郷であるイタケへと帰り着いたオデュッセウスは、自分のことを待っていてくれた妻ペネロペに、
トロイアで勝利をおさめてからの十年にも渡る放浪の旅のいきさつを、キルケやカリュプソといった彼との間で恋に落ちた女性や女神たちのことも含めて、すべてを詳らかに語り聞かせていくことになるのですが、
そうした後日譚においては、なぜかナウシカのことだけは語られることはなく、その名は静かに彼の心の内にだけ秘められ続けていくことになります。
以上のように、
オデュッセウスと王女ナウシカの間には、キルケやカリュプソとの間でみられるような激しく情熱的な恋が芽生えるようなこともなければ、二人が一緒に過ごした時間も比較的短いものであったと考えられることになるのですが、
こうした二人の出会いと別れのあり方においては、王女ナウシカは、オデュッセウスの心の内に、単なる恋愛としての感情よりもさらに深い、永遠に消えることない、いたわりと友愛の感情を残していくことになったとも考えられることになるのです。
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次回記事:「人生から別れる時にはオデュッセウスとナウシカの別れのごとくあれ」『善悪の彼岸』におけるニーチェの箴言と人生観
前回記事:風の谷のナウシカとギリシア神話の王女ナウシカの関係とは?①『オデュッセイア』におけるパイアキアの王女ナウシカの記述
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