偽りの光を亡ぼす闇の子としてのナウシカの姿と「闇の中でまたたく光」としてのナウシカが語る生命のあり方

前回書いたように、漫画版の『風の谷のナウシカ』の最終盤の場面においては、現在の世界を創り上げた創造主である旧世界の人類の影と、青き衣の人となったナウシカとの間で、

生命、そして、光と闇とをめぐる激しい議論の応酬が繰り広げられていくことになります。

そして、

こうした旧世界の人類の影とナウシカとの形而上学的な問答の場面においては、

そうした光と闇生と死清浄と汚濁といった互いに対立する概念をも超越した「闇の中でまたたく光」としての生命の姿が示されていくことになります。

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旧世界の影とナウシカとの間で交わされる光と闇をめぐる議論の応酬

漫画版の『風の谷のナウシカ』の最終巻である第七巻の最終章においては、

現在の世界の創造主がナウシカたちへと語りかける以下のような言葉をきっかけとして、そうした生命の光と闇をめぐる議論の応酬がはじまっていくことになります。

・・・

「自らの愚かさゆえに空しく亡びたあまたの人間を代表して、そなた達に伝えたい。永い浄化の時にそなた達はいる。だが、やがて腐海の尽きる日が来るであろう青き清浄の地がよみがえるのだ。」

「浄化のための大いなる苦しみを罪への償いとして、やがて再建への輝かしい朝が来よう。…子らよ、力を貸しておくれ、この光を消さなために。」

(『風の谷のナウシカ』第七巻、195~196ページ。)

・・・

しかし、

こうした創造主が語りかける言葉の内に、現在の世界に生きる人々のことを欺いて自らの計画を成し遂げるための道具として利用しようする偽りの影を見いだしたナウシカは、

以下のような言葉をもって、彼らの行いを糾弾していくことになります。

・・・

否(いな)!!あなた達はただの影だ!!」

「なぜ、真実を語らない。汚染した大地と生物をすべてとりかえる計画なのだと!!」

(『風の谷のナウシカ』第七巻、196~197ページ。)

・・・

そして、

こうしたナウシカからの非難を受けた旧世界の影たちは、光である自分たちの存在を否定する者は、光の対極にある存在、すなわち、闇であるとしたうえで、

以下のような形で、生命の光と闇をめぐるナウシカと影たちとの間の核心となる議論が展開されていくことになります。

・・・

影「お前にはみだらな闇のにおいがする。多少の問題の発生は予測の内にある。わたしは暗黒の中の唯一残された光だ。」

影「娘よ、お前は再生への努力を放棄して、人類を亡びるにまかせるというのか?」

ナウシカ「その問いは滑稽だ。私達は腐海と共に生きて来たのだ。亡びは私達のくらしのすでに一部になっている。」…

影「人類はわたしなしには亡びる。お前達はその朝をこえることはできない。」

ナウシカ「それはこの星がきめること……。」

影「虚無だ!!それは虚無だ!!」

ナウシカ「王蟲のいたわりと友愛は虚無の深淵から生まれた。」

影「お前は危険な闇だ。生命は光だ!!

ナウシカ「ちがう。いのちは闇の中でまたたく光だ!!

ナウシカ「すべては闇から生まれ闇に帰るお前達も闇に帰るが良い!!」

(『風の谷のナウシカ』第七巻、201~202ページ。)

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偽りの光を亡ぼす闇の子としてのナウシカの姿と、「闇の中でまたたく光」としてのナウシカが語る生命のあり方

そして、

こうした旧世界の影との決別を告げるナウシカの言葉をもって、両者の間の問答の場面は終わりを迎えることになり、

やめろ闇の子!!世界を亡ぼした怪物を呼び覚ますのはやめろ!!」「お前は悪魔として記憶されることになるぞ。希望の光を破壊した張本人として。」

と叫ぶ影たちの制止を振り切って、

ナウシカは、自分に付き従っていたオーマという名の巨神兵を呼び出し、以下のような言葉と共に、

かつて旧世界を滅ぼした炎の力を持って、現在の世界を創り上げた創造主である旧世界の影たちを彼らが本来いるべき闇の深淵の内へと葬り去っていくことになります。

・・・

「かまわぬ。そなたが光なら光など要らぬ。」

「巨大な墓や下僕などいなくとも、私達は世界の美しさと残酷さを知ることができる私達の神は、一枚の葉や一匹の蟲にすら宿っているからだ。」

「オーマ、私達にかまうな。ここへお前の光を送れ!!」

(『風の谷のナウシカ』第七巻、208ページ。)

・・・

以上のように、

こうした現在の世界の創造主である旧世界の影たちとナウシカとの間で繰り広げられる光と闇の問答の場面においては、

ナウシカは、そうした旧世界の影たちが語る光とは、現在の世界に生きるあらゆる生命を犠牲することによって成り立つ偽りの光であるとして、これを真っ向から否定したうえで、

「いのちは闇の中でまたたく光だ」というナウシカの言葉に表されているように、そうした光の対極にある闇の存在を受け入れることなしに、生命の光がその真実の輝きを見せることはないという主張がなされていると考えられることになるのです。

それでは、

こうしたナウシカが語る「闇の中でまたたく光」としての生命とは、より具体的にはどのような生命観を意味していると考えられるのか?ということについてですが、

それについては、また次回の記事で、さらに考察を深めていきたいと思います。

・・・

次回記事:生命とは光なのか闇なのか?『風の谷のナウシカ』における輝く闇としての生命のあり方

前回記事:伝説上の青き衣の人を超える存在へと至るナウシカの姿、「その者青き衣をまといて金色の野に降り立つべし」の本当の意味③

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