紫と黄色はどちらの方がより高貴な色なのか?西洋世界と東洋世界における色彩観の違い

ローマ帝国においては、皇帝や王家の一族の生まれであることの象徴として紫色が用いられ、古代中国の歴代王朝においては黄色の色彩によって染められた上衣が皇帝の衣の色として定められていたように、

皇帝や貴族といった特権的な上流階級を象徴する色としては、一般的には、紫や黄色といった色が連想されることになりますが、

それでは、こうした紫や黄色といった色の種類は、

ヨーロッパ中国日本といったそれぞれの文化圏においては、どちらの方がより高位な色として位置づけられてきたと考えられることになるのでしょうか?

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古代ローマと中国における高貴な色としての紫と黄色の位置づけ

まず、以前に古代ローマにおける王者の色としての紫色の位置づけの記事で書いたように、

古代ヨーロッパにおいては、紫色の染料は、主に、地中海の東に位置していた古代の都市国家群であるフェニキアの海岸沿いの海の砂底などに数多く生息していた巻貝から抽出されていたと考えられているのですが、

十分な量の染料を抽出するためには巻貝の数が大量に必要であったことや、後代においては、乱獲によって巻貝の数自体が減少してしまったことなどから、

こうした巻貝から抽出された染料によって染められた赤紫色の染色布は、他のあらゆる色彩によって染められた布よりも希少価値の高い最も価値の高い貴重な染色布として重宝されるようになっていきます。

そして、

こうした紫色を価値の高い色として重宝していく傾向は、のちに、フェニキアをフ含む地中海世界全体を征服して古代ヨーロッパ世界の統一を成し遂げていくことになるローマ帝国においても踏襲されていくことになり、

古代ローマにおいては、こうした最も高価で貴重な色である紫色の染料によって染められた服を着ることができる人物は、皇帝や貴族といった高貴な身分に属する人物であると見なされるようになっていき、

こうした経緯から、

古代ローマや、その後のヨーロッパの諸国家においては、紫色は、生まれからして高貴な血筋をひく人物、すなわち、皇帝や王者を象徴する最も高貴な色として位置づけられるようになっていったと考えられることになるのです。

中国の歴代王朝における紫と黄色の位置づけのあり方の変遷

それに対して、

中国と日本における陰陽五行説に基づく皇族専用の色としての黄色の位置づけの記事で書いたように、

中国や日本といった東洋世界においては、陰陽思想などにおける木・火・土・金・水という五つの元素から万物の生成変化を説明する五行説の考え方に基づいて、

五行のそれぞれに対応する青・赤・黄・白・黒の五色が正色として定められたうえで、その中でも、五行の中心に位置づけられる土に対応する黄の色万物の中心にある最も高い序列として捉えられていくことになり、

中国の最初の皇帝である秦の始皇帝の時代においても、その後の漢の時代においても、基本的には、こうした陰陽思想やそれと同時代に成立した儒教思想などにおける色彩の序列関係に基づいて、黄色が最上位にあたる最も高貴な色として位置づけられていくことになります。

そして、詳しくは前回の記事で書いたように、

こうした陰陽思想や儒教思想における黄色を中心とする五色の正色を重視する色彩観に対して、

道教思想においては、北極星が神格化された存在である北極紫微大帝(ほっきょくしびたいてい)と呼ばれる道教における至高神の名前に紫の字が用いられているように、紫色をより高貴な色として重視する色彩観が展開されていくことになります。

そして、

漢王朝の滅亡から三国時代五胡十六国時代の分裂時代を経たのち、による中国の再統一へと至るまでの期間である5世紀から6世紀にかけての中国の南北朝時代においては、

王朝に対する道教の影響が強まることによって、道教思想の内において重視され尊ばれている紫の地位が相対的に高まり皇帝の袍(ほう、儀式などに用いる上衣)にも黄色ではなく紫色が用いられる時期も現れていくことになるのですが、

その後、再び中国を統一へと導いた隋や唐の時代の中国においては、黄袍(こうほう)と呼ばれる黄色の色彩によって染められた上衣が皇帝専用の正式な常服として定められていくことになり、

それ以降、、そして、中国最後の王朝であるにおいても、こうした黄色の色彩を皇帝を象徴する最も高貴な色として重視する傾向は基本的に踏襲されていくことになったと考えられることになるのです。

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以上のように、

古代ヨーロッパ世界においては、巻貝から抽出された染料によって染められた赤紫色の染色布が希少価値の高い非常に高価なものであったことから、

フェニキアからローマ帝国、その後のヨーロッパの諸国家へと続く西洋世界においては、古代から近代へと至るまで一貫して、紫色皇帝や王者を象徴する最も高貴な色として位置づけられてきたと考えられるのに対して、

中国の歴代王朝においては、途中、南北朝時代の分裂時代においては、道教などの影響が強まることによって、一時的に、皇帝を象徴する最も高貴な色が西洋世界と同様に紫色であった時期も存在すると考えられることになるのですが、

、そして、といった近代まで続くその後の歴代王朝においては、陰陽思想や儒教思想における黄色を中心とする正色を重視する色彩観が踏襲され続けていくことによって、

基本的には、紫色ではなく黄色の方が皇帝を象徴する最も高貴な色として位置づけられてきたと考えられることになります。

つまり、

皇帝や王族を象徴する高貴な色の位置づけのあり方は、こうした西洋世界と東洋世界における色彩観の違いに応じて異なってくることになると考えられ、

大きく分けて捉えると、

西洋世界においては、紫色が皇帝や王者を象徴する最も高貴な色として捉えられてきたのに対して、

東洋世界においては、主に、黄色の方がが皇帝や天子を象徴する最も高貴な色として捉えられてきたと考えられることになるのです。

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次回記事:日本において最も高貴な色とは何か?天皇を象徴する白・黄・青・赤の四色と冠位制度における最上位の色としての紫の関係

前回記事:冠位十二階において紫色が最上位の色である理由とは?陰陽思想と儒教思想と道教思想における色彩の序列関係の違い

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