冠位十二階において紫色が最上位の色である理由とは?陰陽思想と儒教思想と道教思想における色彩の序列関係の違い

推古天皇摂政であった聖徳太子によって603に制定されたとされている冠位十二階(かんいじゅうにかい)と呼ばれる日本最初の冠位制度においては、

朝廷に仕える官吏や貴族たちの位が大徳・小徳・大仁・小仁・大礼・小礼・大信・小信・大義・小義・大智・小智という十二の階級へと区分けされたうえで、

それぞれの階級に対応する十二の色が割り振られ、各自が宮中に参内する時に身に付ける冠の色の違いによって、冠位の違いのあり方が明示されていくことになります。

そして、こうした冠位十二階における冠位の序列に応じた色彩の序列関係においては、一般的には、紫色が最上位の色として位置づけられていたと考えられることになるのですが、

それでは、このように、冠位十二階の最上位の位階を表す色として紫色が用いられるようになった具体的な理由としては、どのような思想的背景があったと考えられることになるのでしょうか?

スポンサーリンク

冠位十二階における十二色の選定のあり方と陰陽五行説との関係

冠位十二階における大徳・小徳・大仁・小仁・大礼・小礼・大信・小信・大義・小義・大智・小智という十二の階級のそれぞれの位階に対応する色分けの区分のあり方については、諸説あるものの、

一般的には、

最上位にあたる徳の位から順に、紫・青・赤・黄・白・黒という六色の色が割り当てられたうえで、

さらに、大徳と小徳といった冠位における大小の違いに応じて、大徳は濃紫、小徳は薄紫といった色の濃淡がつけられることによって、全部で十二色に及ぶ色彩の序列関係が定められていたと推定されています。

そして、

こうした紫・青・赤・黄・白・黒の六色のうち、紫を除く青・赤・黄・白・黒五色については、

これらの色は、古代中国における陰陽五行説の思想において、木・火・土・金・水の五つの元素に対応するあらゆる色彩の源となる色、すなわち、正色(せいしょく)として位置づけられている色であり、

日本においても、こうした古代中国思想の影響を受ける形で、冠位十二階におけるそれぞれの階級を表す色の選定が行われていったと考えられることになるのです。

道教思想における北極星の神格化と紫色を重視する思想傾向のあり方

それに対して、

こうした冠位十二階において最上位の色として位置づけられていたと考えられている紫色については、陰陽五行説においては特別に重視されるような位置づけはなされておらず、

陰陽思想と同時代頃に成立したと考えられる儒教思想においても、その基本となる経典の一つである「論語」において、

偽物本物に取って代わり、その地位を奪ってしまうことのたとえとして、

正色とされていた朱(赤)に代わって、赤と青という二つの正色の中間色に過ぎない紫色が好まれるという意味で、

「紫(むらさき)の朱(あけ)を奪う」

という言葉が語られているように、

基本的には、紫色は正色である青や赤や黄といった色よりは一段格が劣る色として捉えられていたと考えられることになります。

それでは、

紫色が最上位の色として位置づけられるようになった理由は、どのような思想的背景のうちに求められることになるのか?ということについてですが、

紫色を高貴な色として重視する傾向は、こうした陰陽思想や儒教思想のうちにではなく、

古代中国における民間信仰や不老長寿を求める神仙思想を基盤として、そこに、陰陽思想や、老子や荘子といった道家思想、さらに、後代においては、仏教思想なども取り入れられることによって成立していった宗教思想である道教思想のうちに見られる傾向であると考えられることになります。

道教思想においては、人間社会における様々な事象の変化を説明するための道筋として、宇宙における天体の運行のあり方が重視されていくことになるのですが、

そうしたなかで、例えば、

地上から見ると自らはほとんど動かず、他のすべての星々がその周りを回転しているように見える北極星が神格化されて、北極紫微大帝(ほっきょくしびたいてい)と呼ばれる至高神の一柱として位置づけられていくことになります。

ちなみに、

こうした北極紫微大帝と呼ばれる道教の神は、天地万物を支配する至高神である天帝とも同一視されていて、

古代中国の天文学においては、そうした天帝が住まう領域である天球のなかでも最も高度の高い至高の領域は、紫微垣(しびえん)と呼ばれることになるのですが、

詳しくは紫禁城の由来とは?の記事で書いたように、こうした紫微垣と呼ばれる天球上の領域は、中国の北京にある明と清の時代における宮城の名称である紫禁城「紫」の由来となった言葉でもあると考えられることになります。

このように、

道教思想においては、道教における至高神の名前にという字が用いられていることからも分かる通り、

古代中国における正色とされた青・赤・黄・白・黒の五色を差し置いて、紫色を最上位の色として位置づけるという冠位十二階における色の選定のあり方と同様の傾向を見いだすことができると考えられることになるのです。

スポンサーリンク

・・・

以上のように、

聖徳太子が冠位十二階を定めた7世紀頃飛鳥時代日本においては、

こうした古代中国における儒教思想陰陽思想、さらには、道教思想なども広く取り入れられていく中で大陸文化の受容と、国内における政治体制の仕組みづくりが急速に進められていくことになったと考えられることになります。

そして、

冠位十二階のそれぞれの階級に対応する紫を最上位とする紫・青・赤・黄・白・黒という六色の色彩の序列関係は、

紫を除く青・赤・黄・白・黒という五色の選定のあり方には、陰陽思想儒教思想において見られるあらゆる色彩の源となる五色の正色がそのまま用いられていると考えられるのに対して、

最上位にあたる紫については、それは、同じ古代中国思想のなかでも、もともとは、神仙思想老子や荘子の思想を基盤とする道教思想のうちにその起源となる色の選定のあり方を見いだすことができると考えられることになるのです。

・・・

次回記事:紫と黄色はどちらの方がより高貴な色なのか?西洋世界と東洋世界における色彩観の違い

前回記事:皇帝を表す色は何色なのか?②中国と日本における陰陽五行説に基づく皇族専用の色としての黄色の位置づけ

関連記事:紫禁城の由来とは?天帝が住む紫微垣との関係と紫禁城において禁じられていること

語源・言葉の意味のカテゴリーへ

スポンサーリンク
サブコンテンツ

このページの先頭へ