禁中・禁裏・禁軍といった言葉に「禁」の字が用いられている理由とは?

禁軍(きんぐん)という言葉は、一言でいうと、皇帝を護衛する直属の軍隊のことを意味する言葉であり、

禁中(きんちゅう)や禁裏(きんり)といった言葉は、そうした皇帝や天子が住まう住居のことを意味する言葉であると考えられるのですが、

そもそも、

こうした禁軍禁中といった言葉において、禁止を表す「禁」の字が用いられているのには具体的にどのような理由があると考えれるのことになるのでしょうか?

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唐の都における壮大な城壁都市の構造と皇帝が居住する宮城の位置

まず、

こうした禁中・禁裏・禁軍といった言葉が用いられるようになった起源にあたる古代や中世の中国の都において、

皇帝や天子が住まう領域である禁中や禁裏と呼ばれる領域は、都の中のどのような場所に位置づけられていたのか?ということについてですが、

例えば、

中国の歴代王朝の中でも、最も壮大で整然とした都が築かれていたと考えられる唐の時代の長安の都においては、

東西9.7km、南北8.6kmにわたる広大な都市全体が5メートル以上にも及ぶ高く頑丈な城壁によって囲まれていて、

こうした眼前にそびえ立つ城壁の内外への人間や物資の出入りは、都の南面の中央部に位置する明徳門を中心とする全部で13の大門によって厳しく管理されていました。

そして、

こうした城壁の内部の都市構造においてさらに、南北11本、東西14本の大道によって碁盤の目のように細かく区画割りがなされていて、

そうした通常の都市民も住まう居住区から、一部の貴族や高級官僚のみが立ち入ることが許されている皇城(こうじょう)と呼ばれる区画へと通じる道は朱雀門を中心とする7つの門によって隔てられ、

そこからさらに、

皇帝が居住する宮城(きゅうじょう)と呼ばれる区画を隔てている広運門・承天門・長楽門のいずれかの門へと行き着くためには、朱雀門から真っ直ぐ北上していった時に目の前に広がる東西の真横に伸びた幅450メートルにおよぶ巨大な大河のような道を踏み越えて行かなければなりませんでした。

そして、

こうした都の内部のそれぞれの区画の中でも、特に重要な区画である皇城や宮城へと通じる道を隔たている門は、

厳重な警戒によって容易に通り抜けることができない門という意味で禁門(きんもん)と呼ばれていて、

そうした禁門の内部や裏側に位置する領域という意味で、こうした皇城や宮城といった皇帝や天子が住まう住居などが存在する神聖な領域のことを指して禁中、あるいは禁裏といった表現が用いられるようになっていったと考えられることになるのです。

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禁中・禁裏・禁軍といった言葉に「禁」の字が用いられている理由とは?

以上のように、

禁中・禁裏・禁軍といった言葉に「禁」という字が用いられている具体的な理由は、

長安などの古代や中世の中国の都において、皇帝や天子が住まう皇城や宮城といった神聖な領域が禁門(きんもん)と呼ばれる厳重な警戒によって自由に出入りすることが固く禁じられた門によって他の区画から隔てられていたことに求められると考えられることになります。

そして、

皇帝を護衛する直属の軍隊のことを意味する禁軍といった言葉についても、そこに禁止を表す「禁」の字が用いられているとはいっても、

それは決して、そうした禁軍と呼ばれている軍隊自体の存在や使用が禁じられているといったことを意味しているわけではなく

禁軍と呼ばれる軍隊が守護している皇帝や天子が、厳重な警戒によって自由に出入りすることが固く禁じられている禁門の内側に住んでいるということから、こうした表現が用いられるようになっていったと考えられることになります。

つまり、一言でまとめると、

皇帝や天子以外の者がその内部や裏側にみだりに立ち入ることが禁じられているという意味において、

皇帝や天子が住まう神聖な領域のことを指して、禁中禁裏といった表現が用いられるようになっていったと考えられることになるです。

・・・

次回記事:禁軍とは何か?皇帝を守護する直轄軍としての歴代の中国王朝における禁軍の編成のあり方の変遷の歴史

前回記事:万里の長城を舞台とした映画『グレートウォール』に登場する饕餮(トウテツ)と中国神話の関係とは?

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