『蒼天航路』の犭貪(とん)の怪物と孔子の『春秋』の注釈書における饕餮の記述との関連性

李學仁(イ・ハギン)の原作と、王欣太(キング・ゴンタ)の作画による中国の三国志を魏の曹操を主人公とした新しい解釈によって描いた歴史長編大作の漫画である『蒼天航路』(そうてんこうろ、Beyond the Heavens)の冒頭部分では、

儒教の祖である孔子の教えの一説に出てくるとされる想像上の怪物として、犭貪(とん)と呼ばれる貪欲で巨大な怪物の神話が語られることによって、物語が始まっていくことになります。

それでは、

こうした『蒼天航路』において犭貪と呼ばれている怪物は、孔子との関係においては、いったいどのような文献に大本のルーツを持つ怪物であると考えられることになるのでしょうか?

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『蒼天航路』の冒頭における犭貪(とん)の怪物の記述

『蒼天航路』の冒頭部分においては、正確には以下のような形で、犭貪と呼ばれる怪物についての神話が語られています。

孔子の教えの一説に「犭貪」(とん)という想像上の怪物が出てくる。
その怪物の特徴は、まず、巨大であること、それに、とても欲深いことだ

なんでも食ってしまうのだ
土塊(つちくれ)も鉱物も山も海も、
もちろん人間も、人間の造形物もなんでもかんでもだ。…

しかも限りがない
自足するということを知らぬのだ

(それは太陽をも飲み込み、最後には自分自身の体をも食べ尽くして)
犭貪は闇だけを残す。そして、無……である
欲望のなれの果てだ。

(『蒼天航路』第一巻 冒頭部 )

そして、

中国神話においては、こうした『蒼天航路』における記述において犭貪(とん)と呼ばれている怪物と非常によく似た特徴を持ち、しばしば同一視さることもある存在として、饕餮(とうてつ)という名で広く知られている悪神や悪獣の名を挙げることができると考えられることになるのですが、

「犭貪」という字は、文字通り、すべてのものを貪って(むさぼって)食らい尽くす獣(犭、けもの)のことを意味するのに対して、

饕餮の「饕」の字は財貨を貪ること、「餮」の字は食物を貪ることを意味しているといったことからも分かる通り、

こうした「犭貪」あるいは「饕餮」と呼ばれる中国神話の怪物は、食物から財貨までこの世界に存在するあらゆるものを目につくままに食らい尽くし、貪り続けていくという「貪欲」の悪徳を司る悪獣であると考えられることになります。

『春秋左氏伝』や『呂氏春秋』における饕餮の記述と犭貪の怪物の関連性

そして、

こうした犭貪の怪物の別名であるとも考えられる饕餮と呼ばれる存在についての記述は、

 孔子の書である『春秋』の注釈書である『春秋左氏伝』(しゅんじゅうさしでん)においても言及がなされていて、

その注解の部分においては、

財を貪るを饕といい、食を貪るを餮という」

という形で、饕餮についての言及がなされています。

さらに、

こうした『春秋』にならう形で後代の秦の時代において編纂された百科全書的な書物である『呂氏春秋』(りょししゅんじゅう)においては、

「周鼎(しゅうてい)に饕餮を著し、首ありて身なし人を食らいて未だ咽(の)まざるに害その身に及ぶ

すなわち、

(中国の古代王朝である)の時代の(かなえ、金属製の器)には、饕餮をかたどった文様が描かれている。(饕餮には)頭だけがあって体はなく人間を食べてまだ飲み込みもしないうちにその害が自分の身に及んで我が身を滅ぼしてしまうのである。

というより具体的な形で饕餮についての言及がなされていくことになります。

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以上のように、

上記の『春秋左氏伝』『呂氏春秋』における記述においては、

饕餮とは、財貨や食物といったこの世界に存在するあらゆるものを貪り尽くしていくという限りなく貪欲な悪獣であり、

饕餮には、あらゆるものをただ貪り食うために必要な大きな顔と口があるだけであって体はなく、人間を食べてまだ飲み込みもしないうちに、害を受けて我が身を滅ぼしてしまうといった饕餮という怪物の具体的な性質と姿が示されていると考えられることになります。

そして、このように、

饕餮に体がなく、自らの欲望によってすぐに我が身を滅ぼしてしまうとされている理由としては、

単純に考えれば、人間を食べるという罪によって罰されて自らの体を失ってしまうことになったと解釈することもできますし、

あらゆるものを貪り尽くすどこまでも貪欲な怪物である饕餮は、あらゆるものを自分の腹に詰め込んで最後に人間を飲み込もうとした時に食べ過ぎて破裂してしまったとも、

あるいは、

人間を飲み込んで自分の腹におさめてしまう前に、あまりにも急いで食べ過ぎてしまううちに自分の体ごと食べてしまって体がなくなってしまったと解釈することもできると考えられることになります。

そして、

こうした孔子の書である『春秋』がもととなった『春秋左氏伝』『呂氏春秋』の記述においては、

最後には自分自身の体をも食べ尽くしてしまうことよって我が身をも滅ぼして無へと帰するという『蒼天航路』における犭貪の怪物のイメージにも一致する中国神話における饕餮の姿が示されていると考えられることになるのです。

・・・

次回記事:饕餮(とうてつ)とは何か?青銅器の文様や『山海経』における姿形の具体的な描写と古代の戦神である蚩尤との関係性

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