ヘーゲルの歴史哲学における奴隷制から民主制への国家の弁証法的な発展の歴史

前回書いたように、

ヘーゲルの弁証法哲学に基づく国家観においては、現実の世界における「国家」とは、常に崩壊の過程にありながら、その崩壊の内において新たなる発展の方向性を見いだしていく動的で有機的な存在であり、

それは、自らを構成する人間全体の意志の力によって、常に新たな形態における秩序と統一を生み出し続けていくという弁証法的な発展の過程にある存在として位置づけられることになると考えられることになります。

それでは、こうした国家と呼ばれる存在が、人類の歴史において、具体的にどのような形で弁証法的な発展を成し遂げてきたと考えられるのか?ということについては、

ヘーゲルが晩年に行った講義の内容が彼の死後にまとめられる形で出版された著作である『歴史哲学講義』において詳しく語られていくことになります。

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『歴史哲学講義』における奴隷制から民主制への国家の発展の歴史

歴史哲学講義』(Vorlesungen über die Philosophie der Geschichte、フォアレーズンゲン・ユーバー・ディー・フィロゾフィー・デア・ゲシヒテ)とは、

近代ヨーロッパのドイツの哲学者であるゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルGeorg Wilhelm Friedrich Hegel1770年~1831年)がその晩年にあたる1822年から1831にかけてベルリン大学において行った「世界史の哲学」と題される講義の内容が記された講義録が、ヘーゲルの死後に、

彼の弟子であるエドゥアルト・ガンスと、ヘーゲルの息子であるカール・ヘーゲルの手による編集を経て出版された著作ですが、

そこでは、「東洋ではただ一人の人間だけが自由であり、ギリシアとローマでは幾人かの人間が自由であり、我々ゲルマンの世界ではすべての人間がそれ自身として自由であることを知っている」という言葉によって語られているように、

古代におけるオリエント世界(東方世界)から、ギリシア・ローマの世界、そして、近代ヨーロッパ世界へと至る歴史上の国家における具体的な政治形態の発展のあり方を描くヘーゲルの歴史観が示されていると考えられることになります。

こうしたヘーゲルの歴史哲学講義』における国家観および歴史観においては、

まず、ペルシア帝国などに代表されるような古代オリエント世界の古代国家においては、皇帝や王と呼ばれるただ一人の人間のみが自らの意志によって自由に国家を動かしていて、

その他の残りのすべての人々は彼にひたすら服従するだけの奴隷のような存在へと貶められていたと捉えられていくことになります。

それに対して、

その次の歴史の段階であるギリシアとローマの世界においては、元老院や貴族制などによって、一部の人間たちの集団へと自由が拡大されていくことになるのですが、

その一方で、やはり、そうした一部の特権的な階級から取り残された一般の人々は、それまでと同様に、自らの意志とは関係なく、ひたすら一方的に国家の支配に服する状況が続いていくことになります。

もっとも、古代ギリシアのポリス社会においては、重装歩兵などの国防の担い手となったアテナイの軍事民主制に見られるような民主的な政治形態の萌芽も見いだすことができると考えらえることになるのですが、

ヘーゲルの歴史観においては、こうした古代ギリシアにおける民主制は、国防の担い手となるポリス市民たちが自由であるために他の人々が犠牲となる奴隷制に基づく政治形態であるとされ、

そこでは、いまだ本当の意味で国家を構成するすべての人々が自らの自由を自覚する真の民主制は実現されていないと判断されることになります。

そして、

こうした歴史上における国家の政治形態の発展の過程を経て、最後に現れるのが、

ゲルマン世界、すなわち、近代ヨーロッパの市民社会において実現する立憲君主制や共和制といった国民全体の意志に基づく民主的な政治形態をもった近代国家であり、

こうした近代ヨーロッパ世界における真の民主制の実現によって、現実の世界における国家の弁証法的な発展の歴史は、ついにその一つの完成形を見いだすに至ると説明されることになるのです。

ちなみに、ここで述べられているゲルマン(Germanとは、もともとは現在の西ヨーロッパ諸民族の祖先となったフランク族アングロサクソンなどを含むゲルマン民族全体のことを指す概念であると考えられ、

具体的には、イギリス・フランス・ドイツといった西ヨーロッパ諸国における近代国家のあり方のことを念頭に置いてこうした表現が用いられていると考えられることになります。

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以上のように、

ヘーゲル歴史哲学講義』においては、

古代オリエント的な専制政治としての君主制と奴隷制から、
ギリシア・ローマ世界における貴族制市民と奴隷の関係、そして、
近代ヨーロッパ世界における真の民主制の実現へと至るまでの

国家の政治形態の三段階にわたる弁証法的な発展の歴史が描き出されていると考えられることになります。

そして、

こうしたヘーゲルが語る国家観および歴史観においては、それぞれの歴史の段階において、それぞれの国家と、その内にある人間たちにおける自由のあり方が常に拡大されていくことになり、

人間精神およびその超越的な統一である世界精神が自らの自由についての自覚を深めていくという形で、現実の歴史における国家の弁証法的な発展の構造が示されていると考えられることになるのです。

・・・

次回記事:ヘーゲルの発展的歴史観に対する文化相対主義や多文化主義の観点からの批判

前回記事:ヘーゲルの国家論における三重の崩壊に基づく動的で有機的な国家の弁証法的展開の構造

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