ヨハネの黙示録における四つの神の定義とは?キリスト教における神の定義④、神の定義とは何か?⑥

前々回前回の記事で書いてきたように、新約聖書においては、新約聖書の主要な部分を占める四福音書において示されている

善なる神・全知全能・唯一神・至高者・完全者・救済者・言(ロゴス)・霊(精神的存在)という神についての八つの定義と、

その後のローマの信徒への手紙といった一連の書簡集のなかで示されている契約の神・裁きの神・平等なる神・平和の神・普遍性・永遠不滅・光明神といった七つの定義を合わせた全部で十五の神の定義が示されていると考えられることになります。

そして、新約聖書の最後の書として位置づけられているヨハネの黙示録においては、

来るべき世界の終末の場面が預言の言葉によって描き出されていくなかで、こうした新約聖書における神の定義のなかでも、最も重要な四つの神の定義が改めて語り直されていくことになると考えられることになるのです。

ヨハネの黙示録における全知全能の創造主にして不死なる裁定者としての神の定義

ヨハネの黙示録の冒頭部分においては、世界の終末において現れる神の存在のあり方について語られている以下のような印象的な記述が記されています。

「神である主、今おられ、かつておられ、やがて来られる方全能者がこう言われる。『わたしはアルファであり、オメガである。』」

(新約聖書「ヨハネの黙示録」第1章8節)

上記のヨハネの黙示録の記述においては、まず、そのはじめの部分において、今おられ」「かつておられ」「やがて来られるという三つの時制において神の存在のあり方が示されていますが、

こうした三つの時制において常に存在し続ける神とは、現在・過去・未来という時間を超越した存在であると考えられることになります。

つまり、ヨハネの黙示録のこの部分の記述においては、永遠不滅なる不死の存在としての神の定義が示されていると考えられるということです。

そして、上記のヨハネの黙示録の記述においては、そうした永遠なる存在としての神は、全能者、すなわち、全知全能の神でもあるということが示されたうえで、

世界の終末の場面において、そうした全知全能の神自らが「わたしはアルファであり、オメガである」と語るという預言が示されていると考えられることになります。

ここで出てくるアルファ(α)オメガ(ω)とは、それぞれ、ギリシア語のアルファベットの最初の文字最後の文字にあたる文字ということになりますが、

つまり、ヨハネの黙示録のこの部分の記述においては、世界の終末において現れるとされる全知全能の神とは、

世界がはじまるための始動因すなわち創造主であると同時に、世界がそれへと向かって終局を迎えるための目的因でもあるということが語られていると考えられることになるのです。

・・・

そして、ヨハネの黙示録においては、他の部分の記述においても、神についての明確な定義のあり方が示されている箇所があり、例えば、

「神を畏れ、その栄光をたたえなさい。神の裁きの時が来たからである。天と地、海と水の源を創造した方を礼拝しなさい。」

(新約聖書「ヨハネの黙示録」第14章7節)

という記述の前半部分においては、世界の終末において、神は悪人の魂と善人の魂とを選り分けたうえで、それぞれの者にふさわしい罰と報いを与えるという裁定者、すなわち、裁きの神としての神の姿が示されていると考えられることになります。

そして、上記のヨハネの黙示録における記述の後半部分においては、そうした裁きの神は、天と地、海と水といったあらゆる存在の始原となる存在でもあるという創造主としての神の姿が改めて語り直されていると考えられることになるのです。

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以上のように、

ヨハネの黙示録における上記の二箇所の記述においては、

永遠不滅全知全能創造主裁きの神

という四つの神の定義のあり方が改めて明確な形で語り直されていると考えられることになります。

そして、新約聖書の全編を通して語られてきた神の存在のあり方が、こうした新約聖書の最後に位置する書であるヨハネの黙示録において、上記のような四つの存在のあり方を兼ね備えた神のあり方として総括されていくことによって、

新約聖書において示されているキリスト教における神の姿の全容が明らかにされていくことになると考えられることになるのです。

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次回記事:新約聖書における十八の神の定義のまとめ、キリスト教における神の定義⑤、神の定義とは何か?⑦

前回記事:ローマの信徒への手紙などの一連の書簡集における七つの神の定義とは?キリスト教における神の定義③、神の定義とは何か?⑤

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