ドイツのファウスト伝説の由来となった三人の歴史上の人物とは?ヨハン・ゲオルク・ファウストとマルティン・ルターの確執

前回書いたように、ゲーテの『ファウストや、その題材となったドイツのファウスト伝説におけるファウストという名前は、

もともと、ラテン語で「幸運」や「幸福」を意味する形容詞であるファウストゥスや、ローマ神話における幸運と豊穣の女神ファウスティタスに由来する名であったと考えられます。

そして、そうしたファウストを名乗る複数の錬金術師や魔術師たちの業績や逸話が織り交ぜられることによって、ドイツにおけるファウスト伝説が形づくられていったと考えられることになるのですが、

その中でも、ドイツにおけるファウスト伝説直接的な由来となった人物としては、今回取りあげる三人のドイツ人の名が挙げられることになります。

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二人のファウスト博士の伝承とそれぞれの人生の足跡

15世紀~16世紀頃のドイツにおいて、ドクトル・ファウストDoktor Faustファウスト博士)という名で知られていた有名な人物は二人ほどいて、

そのうちの一人であるヨハンネス・ファウスト(またはヨハネス・ファウストJohannes Faust)は、ドイツ南西部の存在した領邦国家であるヴュルテンベルクの北部の町クニットリンゲンの生まれの錬金術師であったとされています。

彼は、錬金術に傾倒したのちヨーロッパ各地を放浪する流浪の生活を送るようになり、

ヨハンネス・ファウストは、そうした錬金術の奥義を手にするための流浪の旅の末に、イタリア北東部の都市ヴェネツィアで試みた空中飛行に失敗して墜落死したと伝えられています。

そして、もう一人のファウスト博士は、ゲオルク・ファウストGeorg Faust)という名で知られる人物であり、

彼の場合、その出生自体は定かではないものの、ドイツ北西部の都市ハイデルベルクにあったハイデルベルク大学神学を学んだのち、徐々に占星術と魔術に傾倒するようになっていったとされています。

ゲオルク・ファウストは、優れた洞察に基づく予言と占いによって占星術師としての名声を得ることになるのですが、

神学を学びながら、キリスト教のカトリックの教義に従わずに、異端者とみなされることもいとわずに独自の研究を行っていたことから、彼は当時のドイツの神学者たちから次第に疎まれ、排斥されるようになっていきます。

そして、大学を追われるような形で流浪の旅に出ることになったゲオルク・ファウストは、最終的に、悪魔との契約を結んだことによって悲惨な死を迎え、地獄へと落とされることになったとも、

悪魔の力を借りた錬金術の実験中に爆死して非業の死を遂げたとも伝えられています。

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ヨハン・ゲオルク・ファウストとマルティン・ルター

そして、こうした当時の文献に断片的な記録が残っているヨハンネス・ファウストゲオルク・ファウストという二人の人物の名前に対して、

より信頼性と確度の高い公式の記録に残っているファウスト博士の名前としては、ヨハン・ゲオルク・ファウストと記されている人物の名が挙げられることになります。

ヨハン・ゲオルク・ファウストJohann Georg Faust)は、1509ハイデルベルク大学において神学博士号(Doktorを授与されたという公式記録が残されている人物の名であり、

彼は、生前、自らが神学の学位を持つ神学者でありながら、神をも畏れぬ錬金術の研究を行っていたことから、

ドイツにおける宗教改革の主導者として有名なマルティン・ルターから悪魔の力を借りて悪しき魔術を行う人物として糾弾されていたという逸話も残されています。

ちなみに、

ゲーテの『ファウスト』の中では、主人公であるファウスト博士が、マルティン・ルターの手によって訳された新約聖書であるルター聖書におけるドイツ語の訳を批判し、

新約聖書のギリシア語の原典に書かれている「はじめにロゴスがあった」というヨハネによる福音書の冒頭一節に対して、

ルター聖書における「はじめに言葉があった」という訳以上にもっとふさわしい訳を自らの手で与えようとする場面が描かれていますが、

ゲーテの『ファウスト』においてこうした場面が描かれることになった背景には、ファウスト伝説の由来となった人物の一人とされるヨハン・ゲオルク・ファウストマルティン・ルターとの間の上記のような確執があったとも考えられるかもしれません。

そして、

ヨハン・ゲオルク・ファウストという名が、上記のファウスト博士の伝承におけるヨハンネス・ファウストゲオルク・ファウストという二人の名前をちょうど合わせたような名前になっていることからも分かる通り、

このハイデルベルク大学の公式記録に名前のある人物こそがファウスト伝説の直接の由来となった人物であるとみなす場合、

上記のヨハンネス・ファウストゲオルク・ファウストという二人の人物は、言わば、ヨハン・ゲオルク・ファウストという一人の歴史上実在した人物が、二つの人物像に分けられる形で捉えられることによって生まれた人物であったとも考えられることになります。

・・・

以上のように、

当時の様々な文献記録の中に残されているドイツのファウスト伝説の直接的な由来となった可能性のある歴史上の人物の名前としては、

ヨハンネス・ファウストゲオルク・ファウスト、そして、ヨハン・ゲオルク・ファウストという三人の人物の名前が挙げられることになります。

そして、その中でも、

ハイデルベルク大学の神学博士であったヨハン・ゲオルク・ファウストという人物の経歴とその人物像が核となったうえで、

そこに、同時代を生きた錬金術師や魔術師たちの様々な逸話がさらに織り交ぜられていくことによって、

18世紀の時代のドイツを生きた詩人ゲーテも見聞きし、その伝説に触発されて新たな物語を創り出すことになるドイツにおけるファウスト伝説が形づくられていったと考えられることになるのです。

・・・

次回記事グノーシス主義の開祖である古代の魔術師シモン・マグスと錬金術師ファウストとの関係とは?

前回記事:ファウストの名前の由来とローマ神話の幸運と豊穣の女神ファウスティタス

関連記事:ゲーテ『ファウスト』におけるロゴスの翻訳の場面の全文和訳と対訳とドイツ語の発音、ゲーテ『ファウスト』の和訳と解釈①

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