ルターによる聖書のドイツ語訳におけるロゴスの翻訳と宗教改革、ロゴスとは何か?③

前回書いたように、

古代ギリシア語で書かれた新約聖書の原典の段階においては、「ヨハネによる福音書」の冒頭部分において、ロゴスlogosという単語の記述がみられるのですが、

それに対して、

日本語版英語版ドイツ語版などの各国の言語に現代語訳がなされた後の聖書においては、こうしたロゴスという単語に関する直接的な記述は見いだすことはできないと考えられることになります。

それでは、

こうした新約聖書の古代ギリシア語の原典において記されている「ロゴスlogos)」という単語が、どのような経緯によって、英語の”word“や、ドイツ語の”Wort“といった日本語で「言葉」を意味する単語へと置き換わっていったと考えられるのか?というと、

その経緯は、ギリシア語原典からラテン語、さらには、ドイツ語英語といったそれぞれの言語への翻訳の過程に求められると考えられることになります。

そして、それは特に、

16世紀のドイツにおいてキリスト教の宗教改革を主導したマルティン・ルターによる聖書のドイツ語訳の活動の内にその重大な転機が見いだされることになるのです。

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中世のキリスト教世界における聖書の翻訳の禁止

16世紀のヨーロッパにおいて展開されることになるキリスト教改革運動である宗教改革が始まる以前のキリスト教世界においては、

聖書原典が書かれた時に使われていた言語であるヘブライ語古代ギリシア語、そして、古代ギリシア語と同様に神学の研究対象となる神聖な言語であるとされていたラテン語以外の言語への聖書の翻訳はあまり広まっておらず、

一般民衆が用いる言語への聖書の翻訳行為は処罰の対象となったり、日常的な言語へと翻訳された聖書自体が禁書処分となるようなケースもありました。

例えば、現代でも、

イスラム教の聖典であるコーランにおいては、ムハンマドに対して神の言葉がアラビア語の形で伝えられたことが神聖視され、基本的には、コーランをアラビア語以外の言語へと翻訳することは禁止されていますが、

それと同様に、

中世のキリスト教世界においては、母国語などの日常的な言語への聖書の勝手な翻訳は、神の導きによって記された聖書原典を冒涜する行為であるとして、基本的には、禁止される傾向にあったと考えられることになるのです。

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16世紀の宗教改革とルター聖書の成立

しかし、

1515、当時のローマ教皇であったレオ10贖宥状免罪符)の販売をはじめると、

贖宥状の購入という金銭を対価とすることによって、真摯な悔い改めをすることなく手っ取り早い罪の許しが得られるという風潮が広まっていくことになります。

そして、こうした社会情勢を背景に、

1517ドイツのヴィッテンベルク大学の神学教授であったマルティン・ルターMartin Luther)が、

ローマ教皇による贖宥状の販売教会の腐敗を糾弾する「95ヶ条の論題」を教会の扉に貼りつけて抗議したことをきっかけとして、

ヨーロッパのキリスト教世界全体に、教会の不正や腐敗に対する批判と糾弾の声が高まっていくことになります。

そして、

こうしたルターによる「95ヶ条の論題」の発表をきっかけとして始まった宗教改革のうねりは、その後ドイツだけではなく、ヨーロッパ全土へと波及し、

最終的に、ローマ・カトリック教会(旧教)からのプロテスタント(新教)の分離へと発展していくことになるのです。

・・・

こうした歴史の大きな流れの一方で、

カトリック教会から破門され、異端者としてローマ教皇からも神聖ローマ皇帝ドイツ皇帝)からも追われる身となったルターは、

当時の神聖ローマ皇帝であったカール5と政治的な対立関係にあったザクセン選帝侯フリードリヒのもとへと身を寄せ、

彼の居城であったヴァルトブルク城にかくまわれたうえで、この地でひたすら思索に耽る日々を過ごしていくことになります。

そして、このようにカトリック教会との対立を深めていく最中、ルターは、

教会や教皇といった既存の宗教的権威への依存から脱却し、

神学者や修道士、司祭といった一部の限られた人々だけではなく、一般市民にも広く聖書に触れられるようにして、そこから正しい教えを直接学び取ることができるようにするために、

ルター自身が自らの手によって古代ギリシア語で書かれた神聖な原典から日常的な言語であるドイツ語への聖書の翻訳を行うという一大事業を開始することになります。

そして、

このようにしてルターの手によって古代ギリシア語からドイツ語へと翻訳された聖書は、彼の名を冠してルター聖書Luther Bibleルター・バイブル)と呼ばれるようになり、

このルター聖書が、その後の英語日本語といった各国の言語への聖書の翻訳の原型となっていったと考えられることになるのです。

・・・

以上のように、

中世のキリスト教世界においては、ラテン語への聖書の翻訳は、聖書原典を冒涜する行為として禁止される傾向にあったのですが、

16世紀のヨーロッパにおいて展開されたキリスト教改革運動である宗教改革と、その主導者であったマルティン・ルターが自らの手によって古代ギリシア語からドイツ語へと翻訳することによって生まれた新たな形の聖書であるルター聖書の成立転機として、ヨーロッパ各国の日常的な言語への聖書の翻訳運動が進められていくことになります。

そして、

そうした日常的な言語への聖書の翻訳の中で、前回取り上げた「ヨハネによる福音書」の冒頭部分における古代ギリシア語のlogosロゴス)という単語は、

ドイツ語におけるより日常的な表現であるWortヴォルト言葉)という単語へと置き換えられる形で翻訳されることになったと考えられることになるのです。

・・・

次回記事:ゲーテの『ファウスト』におけるロゴスの四つの意味、ロゴスとは何か?④

前回記事:古代ギリシア語で書かれた新約聖書の原典におけるロゴスの記述、ロゴスとは何か?②

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