ソクラテスのダイモーンとは何か?③フロイトの超自我とユングの集合的無意識へと通じる哲学的直観

前回書いたように、ソクラテスのダイモーンという概念は、キリスト教の十戒カントの倫理学にも通じる普遍的な道徳法則と深い関わりのある概念として捉えることができます。

そして、

ソクラテスにダイモーンの声として現れた神秘的な直感は、通常の人間の意識における倫理学の枠組みを飛び越えて、さらに、人間の無意識深層心理の世界にまで通じていると考えられることになります。

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フロイトの超自我とソクラテスのダイモーンとの関係

前回取り上げた『ソクラテスの弁明』における記述にあるように、ソクラテスに聞こえていたダイモーンの声は、

彼が善なる生き方に反する選択をしようとする時に、その行動を思いとどまらせて制止する働きを持った道徳的な意志の力であったと考えられることになります。

そして、

こうしたソクラテスにおけるダイモーンの声の働きは、心理学においてはどのような概念に対応しているのか?というと、

それは、精神分析学Psychoanalysisサイコアナリシス)と呼ばれるフロイトの心理学における超自我と呼ばれる概念に非常に近い働きをしていると考えられることになります。

超自我super-egoスーパー・エゴ、ドイツ語ではÜber-Ichユーバー・イッヒ)とは、

主に物心が付くまでの幼少期までの間教育しつけなどの影響によって形成される人間の心と行動を道徳的に規制する役割を担う精神機構のことを指す概念であり、

それは、人間社会における道徳法則倫理的価値観が個人の心の中に内在化した存在として捉えられることになります。

そして、

こうした人間の心における超自我の存在も、ソクラテスにおけるダイモーンの声と同様に、「~してはならない」という人間の心と行動に対する禁止検閲の役割を担う存在であり、

そうした否定の形式をもった普遍的な道徳法則が人間の心の中に内在化し、自律的に自我の行動を規制する働きを担うようになった存在として捉えることができます。

つまり、

ソクラテスのダイモーンは、こうしたフロイトにおける超自我が個人の心の枠組みを飛び越えて独立していくような形で、より自律的に自分自身の心に対して強く働きかけていく状態になったものとして捉えることもできるということです。

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ユングの集合的無意識と自らの内にして外なる存在から来る声

また、

ソクラテスのダイモーンが、神霊という個人の心から独立した、個人の意識や自我の次元を超えた存在の形をとって自らの心に語りかけてくる存在であるというダイモーンの神秘的で超越的なあり方をより強調して捉えるならば、

それは、むしろ、ユング集合的無意識へと通じる概念としても捉えられることになります。

ユングにおける集合的無意識Kollektives Unbewusstesコレクティーフ・ウンベブステス)とは、

すべての人々の無意識Unbewussteウンベヴステ)が集団のkollektivコレクティーフ)状態になったもの、

すなわち、

すべての人間の無意識の最深層に存在する全人類に共通する普遍的な意識構造のことを指す概念ということになります。

そして、

ソクラテスの言うダイモーンの声が個人の意識の働きの内にとどまるものではなく、かといって、それが完全に自らの外にある存在でもなく自らの心の内に聞こえる声であるとするならば、

それは、必然的に、ユングの集合的無意識のような、人類共通の無意識の深層から来る自らの心の内にして、個人の意識を超えた自らの外なる存在から来る声であったと考えられることになります。

つまり、

ソクラテスは、個人の無意識を超えた深層心理の内にある集合的無意識からの声を聞き分けることができていて、

それを神の意志を伝えるダイモーンの声として捉えていたと解釈することができるということです。

そして、さらに言うならば、

ユングにおいて集合的無意識として解されることになる人類共通の普遍的な意識からもたらされる普遍的な善を求める根源的な意志の力が

ソクラテスには自らの心の内にある自らを超えたる存在からのダイモーン神霊の声として聞こえていたのではないか?と考えられることになるのです。

・・・

以上のように、

ソクラテスの言うダイモーンのセーメイオン神霊の徴(しるし))とは、
神の声として感じられる神秘的な直感であると同時に、

それは、その後のカントの倫理学や、フロイトやユングの心理学における超自我集合的無意識の概念へもつながっていく、人間の倫理と意識の本質へと通じるある種の哲学的な直観でもあったと考えられることになるのです。

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このシリーズの初回記事:ソクラテスのダイモーンとは何か?①神と人間の間に位置する存在としての神霊と幻聴としての神の声

前回記事:ソクラテスのダイモーンとは何か?②キリスト教の十戒とカントの定言命法へ通じる自律的で普遍的な道徳法則

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