嘘つきのパラドックスの由来とは?エウブリデスとメガラ学派、嘘つきのパラドックスとは何か?①

嘘つきのパラドックスliar’s paradoxライアーズ・パラドックス)とは、

私は今、嘘をついている」といった発言や、
この文は偽である」といったの形式において生じることになるパラドックスのことを指す概念です。

私は今、嘘をついている」という発言においては、

この発言文が真であるとすると、その発言通り、私は今嘘をついていることになるので、私の発言は偽、すなわち、この発言文自体は偽でもあるということになります。

そうすると、上記の発言文は真であると同時に偽でもあるという矛盾する結論が帰結することになり、これは、この発言文が偽であると仮定した場合でも同様の議論が展開されることになるので、

同一の命題において、それを真であると仮定しても偽であると仮定しても、
矛盾する結論が帰結してしまうというパラドックスが生じてしまうと考えられることになります。

こうした嘘つきのパラドックスの具体的な構造とパラドックスが帰結する議論のあり方のより厳密な証明については、次回以降、詳しく考察していく予定ですが、

今回は、まず、

こうした嘘つきのパラドックスと呼ばれる議論の由来はどこにあり、その起源は、
どの時代のどのような人物におけるどのような思想に求められることになるのか?ということについて考えてみたいと思います。

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古代ギリシアのパラドックス作家のエウブリデス

上記のような嘘つきのパラドックスの議論の原型は、

紀元前4世紀古代ギリシアの哲学者である
エウブリデスEubulides)によって考案されたと考えられています。

ちなみに、エウブリデスは、

嘘つきのパラドックス」の他にも、
「穀物の積み山のパラドックス」や「角を持つ者のパラドックス」といった古代ギリシアにおける様々なパラドックスの考案者として知られる人物でもあり、

例えば、「穀物の積み山のパラドックス」では、

一粒の穀物を地面に置いてもそれは積み山とは言えない。そこにもう一粒の穀物を加えても、それを積み山と呼ぶことは到底できないが、そうすると、いったいちょうど何粒の穀物を集めたらそれを積み山と呼べるのだろうか?という議論が、

また、「角を持つ者のパラドックス」では、

誰でもまだ失くしていない物は今、持っているはずである。あなたはまだ角を失くしたことはないと言う。それならば、あなたには今、角があるはずである。

といったパラドキシカルな論理が展開されることになります。

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嘘つきのパラドックスの源流とメガラ学派における論理の哲学の探究

そして、

こうした哲学者であり、論理学者でもあったエウブリデスは、
メガラ学派と呼ばれる学派に属する人物だったのですが、

このメガラ学派Megarian school)とは、ソクラテスの弟子たちが築き上げた学派である小ソクラテス学派の内の一派であり、

ソクラテスの直系の弟子であったメガラのエウクレイデス始祖とする
論駁の技術と論証法の研究において優れた業績を残した学派であったと考えられています。

メガラは、アテナイ(現在のギリシア共和国の首都アテネ)の西隣に位置していた
古代ギリシアの都市国家であり、

メガラのエウクレイデスは、この地に生まれ、師であるソクラテスの死後に、再びこの地に戻って自らの学派を築いたので、その学派がメガラ学派と呼ばれるようになっていったのです。

ちなみに、

エウクレイデスEucleides、英語ではユークリッド(Euclid))というと、
幾何学の祖として知られるアレクサンドリアエウクレイデス(英語ではユークリッド(Euclid))が有名ですが、

こちらは、メガラのエウクレイデスより100年ほど後に生まれた
エジプトアレクサンドリアを中心に活躍した古代ギリシア人の数学者天文学者なので、まったくの別人ということになります。

そして、

上記のメガラ学派においては、

その大本の師であるソクラテス哲学、すなわち、
知の愛求のあり方の根本にある方法論である

ディアレクティケーdialektike問答法対話法)やエレンコスelenchos反駁)と呼ばれる哲学探究のあり方を継承し、それを理論面において発展させていくなかで様々な論証法の研究が進んでいくことになっていったと考えられるのです。

・・・

以上のように、

嘘つきのパラドックスは、その直接的な由来としては、古代ギリシアの哲学者であるエウブリデスによって考案されたということになります。

そして、

そうした思想の展開をさらにその大本までたどっていくと、

ソクラテスの思想を源流に持つ哲学の一派であるメガラ学派における
論理論証法についての哲学的探究のなかで、

嘘つきのパラドックスを含む一連のパラドックスの議論が考案されていったと考えられることになるのです。

・・・

このシリーズの次回記事:「私は今、嘘をついている」と「この文は偽である」の同値性とパラドックスの定義、嘘つきのパラドックスとは何か?②

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