古代原子論と近代原子論における原子概念の三つの違いとは?

原子論の暗黒時代と近代原子論の萌芽」で書いたように、

レウキッポスデモクリトスにはじまる古代原子論の思想は、
長きにわたる思想上の断絶の時期を経て、

ロバート・ボイルにはじまる
近代原子論の思想へとつながっていったと考えられます。

古代原子論から近代原子論への議論の展開において、

原子論の思想の根幹は、古代から近代へと
そのまま受け継がれていったと考えられるのですが、

その一方で、

古代ギリシア哲学における原子論と、
長い断絶を経た後の近代化学における原子論とでは、

原子という概念が示す内容に
大きな食い違いが生じてしまっている部分も多くあります。

そこで、今回は、

古代原子論と近代原子論に共通する
原子論の根幹となる原子概念について整理したうえで、

古代原子論近代原子論における原子概念の違いについて、
三つの相違点に区分していく形で考えてみたいと思います。

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分割不可能な究極の構成単位としての最小の粒子

古代原子論と近代原子論を通じた原子論全体の共通認識としては、

原子(ギリシア語ではatoma(アトマ)、英語ではatom(アトム)、分割できないものという意味)と呼ばれる極小の粒子が集まることによって物質が形成されていて、

そうした極小の粒子としての原子が基本単位となって
世界に存在するすべての事物が形づくられていると考えられていました。

そして、

そうした古代から近代を通じた原子論における共通認識となっている
原子概念の核心には、

それ以上分割不可能究極の構成単位としての最小の粒子
という概念があると考えられます。

近代原子論の方では、その後の物理学の進展の中で、
分割不可能な最小の構成単位とされたはずの原子の内にも
陽子中性子といったさらなる内部構造が存在することが分かっていき、

当時の実験技術の範囲内で発見された最小の粒子としての
近代化学における原子アトム)は、実際には、
物質の究極の構成単位ではなかったことが明らかになっていくのですが、

世界に存在するあらゆる事物を構成する究極の構成単位がどこかに存在し、
そのような原子アトマ分割できないもの)とでも称されるべき
究極の粒子によって世界の全体が構成されているという原子論の思想自体は、

現代物理学における素粒子の概念などの内へと引き継がれていき、
現代の化学や物理学の理論を根底において支える基本理念の一つとして
現代にも息づいていると考えられるのです。

そして、

古代原子論と近代原子論の双方において、

原子アトマあるいはアトム)は、
それ以上分割不可能究極の構成単位としての最小の粒子であるという
原子の根幹概念自体は共有されていて、

こうした原子概念
デモクリトスらの古代原子論の思想から引き継いでいく中で、

ロバート・ボイルの原子説粒子説)に始まる
近代原子論の理論が形成されていったと考えられるのですが、

その一方で、

こうした原子についての根幹概念以外の点においては、
古代と近代における原子論では、
原子概念の理解に大きな違いが生じていくことにもなるのです。

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原子の形状と種類数および概念の適用範囲における相違点

古代原子論と近代原子論における
原子概念の違いについては、

まず、第一の相違点として、

原子の形状についての捉え方の違いが挙げられることになります。

デモクリトスの古代原子論においては、
物質を構成する究極の粒子である原子の形状は、

丸かったり尖がっていたりと様々な形をしていて、
丸い形の原子は安定しているのに対して、
鋭く尖った形の原子は周りの物質を傷つけて燃焼反応などを引き起こすというように、

原子の具体的な形状から
個々の原子の種類や性質が説明されることになります。

これに対して、近代原子論においては、

原子の形状は、基本的に、
みな一様に完全な球形をしているとされ、

個々の原子の種類の区別や性質の違いは、原子の具体的な形状ではなく、
原子量と呼ばれる原子の重さの違いによってもたらされることになります。

そして、次に、

古代原子論と近代原子論における
原子概念の第二の相違点として、

原子の種類数の違いが挙げられることになります。

古代原子論においては、
上記のように、原子には具体的な形状の違いがあるとされ、
少しでも形が異なる原子は違う種類の原子であるとみなされることになるので、

原子の種類数は無限といっていいほど多数の種類数がある
ということになります。

例えば、

川底に転がっている無数の小石たちが
一見どれも同じような形をしているように見えても、

その小石を一つ一つ拾い上げてよく観察してみると、
それぞれの小石の形状には微妙な違いが見られ、
まったく同じ形をした小石など一つもなく、
形の種類において、小石の種類は無数にあると考えられるように、

古代原子論においても、それぞれの原子の形状における多様な差異から、
原子の種類数無数の種類数があると考えられることになるのです。

これに対して、近代原子論においては、

個々の原子に形状の違いはなく、
原子の種類は原子の重さである原子量によってのみ
区別されることになるわけですが、

原子が極小の粒子であるとされる以上、
当然、その重さ大きさには一定の限界があると考えられることになるので、

近代原子論においては、
原子の種類数は、それほど多くはない有限の種類数に限られることになります。

実際、近代化学が学問上の一定の完成をみた19世紀までには、
56種類原子の種類、すなわち、元素が発見されることになるのですが、

現代においても存在が確認されている元素の数は118種類のみであり、
生成可能な原子核の安定性などとの兼ね合いから、
理論上においても存在可能な元素の数はせいぜい172か173種類程度が限界
と考えられています。

そして、最後に、古代原子論と近代原子論を画する
第三の相違点として、

原子が構成することが可能な事物の適用範囲の違いが挙げられることになります。

近代原子論においては、それが自然科学の理論であることからも明らかなように、
原子が構成する事物は、物理的存在としての事物、すなわち、
物体や物質と呼ばれる存在に限られることになるのですが、

古代ギリシアの哲学思想であった古代原子論においては、
原子が構成する事物は、物体や物質などの物理的存在のみに限られず、
人間の魂といった精神的存在までもが原子によって構成されていると
考えられていました。

詳しくは、「デモクリトスの原子論における魂の原子とは何か?
で書きましたが、

つまり、

古代原子論においてデモクリトスは、

人間の魂のような精神的存在も、その正体は原子であり、
それが原子という粒子によって構成されているからこそ、

その意志、すなわち、粒子で構成されている魂の動きによって、
同じように粒子によって構成されている人間の身体を動かすという
身体の操作が可能となると考えていたということであり、

このように、

古代原子論においては、

も、宇宙全体も含めたすべての存在が
究極の粒子である物質的存在としての原子から構成されるという
唯物論的世界観が展開されていたと考えられることになるのです。

・・・

以上のように、

古代原子論近代原子論においては、

分割不可能究極の構成単位としての最小の粒子である原子アトマあるいはアトム)によって世界に存在するすべての事物が形成されていると考える
原子の根幹概念自体は共有されていると考えられるのですが、

両者における原子概念の違いとして、
原子の形状種類数、そして原子が構成できる事物の適用範囲の違いという
三つの相違点が挙げられることになります。

古代原子論においては、
原子は、丸いや尖っているといった様々な具体的形状を有する
無数の種類数から成る存在であると捉えられ、

原子が構成することができる事物の範囲も、物理的存在のみに限られず、
人間の魂といった精神的存在も含むすべての存在が原子によって構成されていると
考えられていたのに対して、

近代原子論においては、
原子には、具体的な形状の違いはなく
その種類数は有限であると捉えられ、

原子が構成する事物の適用範囲も、あくまで自然科学の探求の範囲内である
物理的存在、すなわち物体や物質に限られるといった点に、

古代原子論と近代原子論における
原子概念大きな違いがあったと考えられるのです。

・・・

このシリーズの関連記事:エンペドクレスの多元論からデモクリトスの原子論への展開、四元素説と原子論①

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