古代ギリシアの暗黒時代とは何か?②500年間にわたる歴史の断絶と思想と人材の喪失

前回考えたように、

古代ギリシアの暗黒時代と呼ばれる時代は、

必ずしも悪いことばかりがあった
不毛な時代というわけではなく、

そこには、鉄器文化の流入に始まる新しい技術の発展や、
幾何学文様のような新しい文化様式の芽生えもあったのですが、

それでも、この時代が「暗黒」の時代と呼ばれるとするならば、
そこには他にどのような理由があると考えられるのでしょうか?

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ミケーネ文明における文字文化と線文字B

古代ギリシア世界に暗黒時代が訪れる前の
ミケーネ文明の時代には、
線文字Bと呼ばれる文字が用いられていました。

線文字BLinear B)とは、

紀元前15世紀から紀元前12世紀頃に
ミケーネ文明の各地で使用されていた

線形の形状をした
音節文字(表音文字のうち、一文字が一音節に対応するもので、日本語の平仮名・片仮名などもこれにあたる)の一種で、

ミケーネ文明の人々は、この線文字Bを用いて
自分たちが話している古代ギリシア語文字として書き記し
様々な記録を書き残していました。

線文字Bの出現に先立つ
紀元前18世紀から紀元前15世紀頃には、

すでにクレタ文明の各地では、
線文字A(Linear A)と呼ばれる後の線文字Bの原型となる文字が存在していて、

古代ギリシア世界には、すでに600年におよぶ
独自の文字文化が根付いていたのですが、

こうした文字文化も
海の民侵攻による古代文明の崩壊と
北方からのドーリア人の侵入によって
完全に失われることになってしまうのです。

文字文化の消失がもたらす歴史の断絶

何らかの文字の記録があれば、
たとえそれが歴史書や国家の政治文書のような
正式な記録や資料ではなかったとしても、

商業取引の記録や、倉庫の物品の目録
人名や職業が記された名簿や、あるいは、
個人の日記のようなものですら、

それらの断片的な文字情報を組み合わせていくことによって、
それぞれの時代の社会や人々の様子の全体像をつかむことは
ある程度可能と考えられます。

しかし、

そうした文字による記録が一切残っておらず、
それどろころか、文字文化の消失によって、
文字を書き残す術すら失ってしまったとするならば、

人間の通常の情報伝達手段である言語を手掛かりとして
当時の人々の様子を知ることはほとんど不可能となり、

その時代の人々と現代を含む後世の人間との間の
連続的なつながりが失われてしまうという
歴史の断絶が生じてしまうことになるのです。

歴史上のブラックホールとしての暗黒時代

文字を持たない文化においても
それ以外の点においては様々な文化的発展もあり、
それぞれの文化に固有の特性もあるので、

文字を持たない文化の内に生きた人々の生活が
文字を持つ文化の内に生きた人々の生活と比べて
不幸で劣ったものであると決めつけることは決してできないのですが、

無文字文化においては、文字資料を通じた
時間や距離の隔たりを越えた情報伝達の手段が存在しない以上、

そこで実際に何が行われていたのかということについて、
その文化の外からはほとんどうかがい知ることができない
一種の文化的な密室状態が作られてしまうことになります。

そして、

古代ギリシアの暗黒時代とは、
ギリシア世界から文字文化が消失した時代のことを指すので、

後世の人々が、この時代がどのような時代であったのかを知ろうとしても、
その様子は暗闇に包まれたままで、ほとんどうかがい知ることができない
ということになってしまいます。

つまり、この時代は、

人間が時間の枠組みを超えて互いに通じ合うための
文明と学問の知の光を通さないという点において、
暗黒」の時代であったと捉えることができるということであり、

後世の人から見ると、この時代の古代ギリシア世界の様子は
まるで歴史上にぽっかりと開いたブラックホールblack hole
のように見えてしまうということになるのです。

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500年間にわたる思想と人材の喪失

そして、その後、

古代ギリシア世界には、
先祖たちが有していた文明も知識もそのほとんどが失われ、
文字すら失われて、そのことを書き記すべき術すら持たない
500年間にわたる暗黒時代が訪れることになります。

もし文明の光がここで途絶えることがなく、
ミケーネ文明の後に、それに代わる文明が
すぐに続いていくことになっていたとするならば、

さらに500年早く、ギリシアの地に
ミレトスのタレスやアテネのソクラテスに比肩するような
傑出した人物が生まれることになっていたのかもしれないのですが、

文字を持たない暗黒時代の中では、
そうした思想や学問上の発展もほとんど進まないことになります。

書物などの文字資料が一切手元になければ、
過去の人々が考えていたことを正確に詳しく知ることは不可能ですが、

先人たちがたどり着いた知識や思想がなければ、
自分だけで新たな知を生み出すことは困難ですし、

仮に、個の力によって優れた知識や思想を生み出すことができたとしても、
文字がなければ、そのことを後世の人に書き残す手段がありません。

もちろん、無文字文化においても、
口伝による同一文化内での知識の継承は存在するわけですが、

それは伝言ゲームのように極めて不確かなものでありますし、
知識を伝えることができる範囲も量も極めて限られたものになってしまいます。

つまり、

文字がなければ、過去の人々の思想を正確に知ることもできなければ、
自らの思考をつなぎ止めておくこともできませんし、

文明がなければ、自分の知識と発見を積み上げていくための
知の土台自体が存在しないことになってしまうということです。

このように、

古代地中海文明の破壊と文字文化の消失によってもたらされた
古代ギリシアの暗黒時代は、

人類の歴史の断絶であると同時に、
その時代に生きた人々の思想と人材の喪失であったとも考えられるのです。

・・・

以上のように、

文字資料が存在しないことによって、
後の時代の人々から見たときに、その時代への
理解と共感の道が大きく閉ざされてしまうという点において、

やはり、「海の民」の侵攻による古代地中海文明の崩壊後の
古代ギリシアにおける文字文化消失の時代は、

歴史と人類の知の遺産の上での
暗黒時代だったと言うことができると考えられます。

そして、

こうした500年間にわたる暗黒時代を経て、
アテネやスパルタといった古典期のギリシア世界から
古代ローマの繁栄へと続く

ヨーロッパ文明の新たな夜明けが訪れることになるのです。

・・・

このシリーズの前回記事:古代ギリシアの暗黒時代とは何か?①ボーダレス化による鉄器文化の流入と幾何学文様

このシリーズの次回記事:古代ギリシアの暗黒時代とは何か?③ヨーロッパ古典時代の幕開けとホメロスの叙事詩

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