古代ギリシア哲学はイタリアを中心に発展した?マグナ・グラエキアとイタリア学派の関係とは?

ソクラテス以前の哲学の四つの学派の分類と地理的関係のまとめ
で書いたように、

ソクラテス以前の哲学における四つの主要な学派の内の一つである
イタリア学派は、

イタリア半島南部シチリア島を中心とする
中央地中海において発展していったのですが、

この地域で、
イタリア学派という古代ギリシア哲学の
新しい思想が花開いたことの前提には、

マグナ・グラエキアと呼ばれる
古代ギリシア人による支配領域の存在があります。

このマグナ・グラエキアという地理的・政治的な概念と、
イタリア学派という哲学史上の思想の分類の概念は、
互いにどのような関係にあるのでしょうか?

そして、

なぜ、古代ギリシア哲学の一派が、
ギリシャではなくイタリアにおいて発展していくことになったのでしょうか?

スポンサーリンク

マグナ・グラエキアとイタリア学派

古代ギリシア・ローマの時代、

ギリシア本土では、人口増加の進展や、
貿易の拡大政治的な自由を求めていくなかで、

紀元前8世紀頃から
ギリシア人による地中海一帯への植民活動が広がっていきます。

そして、

ギリシア本土の西に隣接する地域である
イタリア半島南部と、そのさらに隣のシチリア島においては、

特に、ギリシア人都市が多く密集して建設され、
ギリシア本土や、その東のペルシア帝国(アケメネス朝ペルシア)との
貿易や交流などを通じて、さらに栄えていくことになり、

こうした南イタリアからシチリア島にかけて
繁栄を極めた広大なギリシア人諸都市の集団は、

古代ローマ人から、ラテン語で、
マグナ・グラエキアMagna Graecia大ギリシア)と呼ばれることになります。

そして、

こうしたマグナ・グラエキアにおける
ギリシア人諸都市の繁栄のなかで、

古代ギリシア哲学の一派である
イタリア学派も、その新しい自由な思想を
存分に発展させていくことになったのです。

つまり、

思想としては、
イタリア学派に属する諸地域が、ほぼそのまま、

地理的政治的な集団としては、
マグナ・グラエキアとして捉えることができるということであり、

イタリア半島に位置するとはいえ、
ギリシア人入植者が建設した諸都市において活動が営まれたので、
それがマグナ・グラエキア大ギリシア)と呼ばれ、

そこで営まれた思想活動も、
古代イタリア哲学ではなく、
古代ギリシア哲学のなかのイタリア学派として
分類されることとなったのです。

スポンサーリンク

イタリアを中心に発展した古代ギリシア哲学

イタリア学派は、紀元前6世紀後半にはじまり、

紀元前5世紀頃に、パルメニデエレアのゼノンといった
古代ギリシア哲学における一つの分水嶺とも言える
優れた哲学者たちを輩出することによって、
その思想的発展のピークを迎えることになるのですが、

マグナ・グラエキアの方も、それとほぼ同時期に、
その政治的・経済的絶頂期を迎えることになります。

このように、イタリア学派は、
当時の古代ギリシア哲学における主流の思想であり、
哲学史における主導的な立場に位置していたのですが、

その哲学探究は、ギリシア本土ではなく、
南イタリアとシチリア島において営まれていたことになるので、

この時代の哲学は、
古代ギリシア哲学とは言っても、

現代で言うギリシャとは別の地域で営まれていた哲学
ということになります。

つまり、

この時代の古代ギリシア哲学は、

実際は、ギリシャ本土ペロポネソス半島(現在のギリシャ南部にあたるバルカン半島の最南端部)といった現代におけるギリシャ地域ではなく、

古代ローマが位置していたイタリア半島を中心に
その思想活動が営まれていたということになるのです。

もっとも、当時のローマ自体は、
やっと紀元前6世紀末にエトルリア人による王政を打破して
ローマ共和国として自立したばかりであり、

いまだ辺境地域における比較的弱小な
一都市国家に過ぎなかったので、

イタリア学派の勢力範囲に
都市国家としての古代ローマが近接していたとは言っても、

そうしたことから、イタリア学派のことを
古代ギリシア哲学ではなく、古代ローマ哲学と呼ぶことは
さすがに少し無理な解釈ということになってしまうでしょう。

ただし、いずれにせよ、

紀元前5世紀前後の、この時代に、
古代ギリシア哲学の主流の思想活動が、

ギリシャ本土ではなく、
古代ローマに近接する南イタリアやシチリア島などの諸地域で
営まれていたことは確かなので、

古代ギリシア哲学は、その名から直接連想されるような、
ギリシャ本土やペロポネソス半島といった現在のギリシャを構成する地域の内でのみ
思想活動が営まれた哲学というわけでは全くなく、

むしろ、それは、

イタリアシチリア、さらには、
地中海に点在する島々や、小アジア現在のトルコ)など、

地中海沿岸の広大な地域の内でその中心地を移動しながら
多様な方向へ展開していった思想活動の営みであったと
考えられるのです。

・・・

このシリーズの次回記事:
シチリア島とイタリア学派の残滓、共和政ローマとアルキメデス

哲学の雑学」のカテゴリーへ
世界史」のカテゴリーへ

スポンサーリンク
サブコンテンツ

このページの先頭へ